第20話 夏のアレ


「俺終わた……くっそぉっ、こうなったらやけくそだ! 一匹でも多く道連れにしてやる、みんなまとめてかかってこいやぁぁぁぁぁっ!」


 こうして、戦いの火蓋が切られた――


 まず顔前に跳び込んで来たゴブリン一匹目! パンチパンチ!


 その場に落下したのを踏みつける。


 腿に噛みつこうとした二匹目の顎に膝蹴り、浮いたところをフックで吹っ飛ばす。


 フックした腕に噛みつこうとした三匹目に裏拳でパンチ!


 四、五匹目に両腕を噛まれ、振り解こうとしたところ、どこからか棍棒が頭に直撃しふらつくも、闇雲に四肢を暴れさせ、まとわりつくゴブリンを引き剥がす。



 くそっ、数が多過ぎて、対処が間に合わない。

 しかも、足枷のおかげで満足に移動さえできない。

 まさに、アリの大群に捕まったバッタの気分だ。


 これが、女神の望んだことか。きっと今ごろ高笑いをしているだろう。


 いつの間にか周囲を薄ら笑いのゴブリン共に囲まれていた。

 さて、いつまで耐えられるか。

 荒い息を吐きながら、周囲を埋め尽くすゴブリン共を眺めていると、足元にキラリと光るモノが視界に入った。。


「何だ? まさか……このフォルム……ラムネだと……!?」


 そこには、あの独特な形状の瓶が、殺伐とした戦場にひときわ異彩を放っていた。

 そうか! 倒したゴブリンがラムネをドロップしたのか!

 ずっと喉が渇いていた俺は、迷わずそれを拾い、水滴の浮く瓶をグイッとあおったが……親切にも瓶の口にビー玉の栓がしてあった。


「くそがっ!」


 俺はその後、ゴブリンにタコ殴りされ、四肢に噛みつかれながらも、絶対飲んでやるという強い意志だけを支えに、ラムネの口に指をつっこんでグリグリ押すが、ビー玉は一向に落ちない。


「ぐぬぬぬぬっ、くそっくそっ、くそっくそっ」


 俺はやぶれかぶれに、ビー玉の上部を指で何度も突いた。

 その間も、ゴブリンの激しい攻撃を受け続けていたものだから、すでに俺は片膝をつき血まみれ満身創痍状態だ。

 俺の顔の左右にはゴブリンの醜い顔があり、俺の耳を噛みちぎろうとしているのか、とてもうざいし、痛いし、臭い。

 

 それでも構わず、ビー玉を指で激しく突き続けた。何度も何度も。

 ここで飲まずに、死んでたまるか。


 子供の頃、祭りで親に買って貰ったラムネにすごく感動して以来、大人になった今も見つけたら即買いするくらい好きなのだ。


 頼む開いてくれ! せめて最後に一口だけでも……


 その願いが通じたのか――


 奇跡的にビー玉がストンと落ちて、泡が勢いよく吹き出した。


「よっしゃぁぁぁっ! 玉オチたぁぁぁっ」


 その泡の勢いと俺が急に立ち上がったのに驚いたゴブリンが、跳び退すさるのをよそに、キンキンに冷えた液体を喉奥へと流し込んだ。


 口から瓶を離すと、コロンコロンとビー玉の奏でる澄んだ音が、戦場に不釣り合いに響く。


「ぷはぁぁぁ……うまい! これこれっこれだよ、生き返るぅっ、げふっ」


 久々の爽快感に打ち震えていると、身体に変化が現れた――


 身体全体に活力がみなぎり始め、急速に身体の芯が熱くなるのを感じた。


「うおぉぉぉぉぉっ! や、や、やらせてくれぇぇぇぇぇっっっ!」


 いつしか俺は、自分でも抑えきれない欲望がムラムラとわいて来て、おかしなことを叫んでいた。


 この直後から、戦況は一変することになる――

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