ちっちゃいホラー①

常陸乃ひかる

1 ホームメイドフード

 上場企業に勤める三十代男性、一之森いちのもり。彼は収入こそ多いが、多忙によってまともな食事を取れずに不摂生が続いていた。


 月水、コンビニ。

 火木、スーパー。

 金土日はだいたい外食。


 とまあ、食事の質が悪いのなんの。これで体を壊し、支出が増えてしまえば本末転倒だ。ある日、そんな一之森を見かねた上司が合コンを企画してくれた。

『嫁さん候補でも見つかったら良いな』

 と上司は笑っていたが、それもひとつの岐路なのかもしれない。気分転換にもなるだろう。


 当日は三対三の一般的な合コンだった。

 が、一之森は久々の空気に呑まれてしまい、上手く立ち回れずにいた。こんなことなら家に居たほうが――と後ろ向きになり、ドリンクを一口。ふと顔を上げると、斜向かいに座る物静かな参加者と目が合った。黒のミディアムが似合う女性で、一之森同様、合コン慣れしていない様子は明らかだった。

 雰囲気の合致を感じた一之森は彼女とたどたどしく会話を始め、合コンが終わる頃には打ち解け、連絡先を交換していた。


 それからというもの、料理が趣味の彼女は、一之森の家に遊びに来ては手料理を振舞ってくれた。そうして一年も経つと、必然のようにふたりは婚約に至った。

 彼女は、「メタボになられちゃ困るから」と笑いながら、一之森の胃袋を支えてくれる。味も栄養も申し分なく、日々の感謝とともに生活は充実していった。

 しかし幸せとは裏腹、一之森の体調は徐々に変化していった。朝起きるのが辛く、食欲も衰えた。複数の医者にかかるが、


『働きすぎです』

『胃腸の問題でしょう』

『年齢もありますから』


 まともに取り合ってくれなかった。

 それでも親身になってくれる彼女に支えられ毎日を過ごした。


 ある日、一之森の体調に引き寄せられるように、彼女が交通事故に遭ってしまった。命に別状はなかったが、全治二ヶ月の入院と告げられた。

 一之森は彼女の容体を案じつつ、ふたたびコンビニ弁当やスーパーのお惣菜に手を伸ばすようになっていった。

「体重が増えてきた」

 避けられない自己嫌悪。反面、一之森は自分の体調が良くなっていることに気づいた。久々に摂取した油や塩分がストレスの緩和になったのか? ともあれ彼女が退院する頃にはすっかり元気になった。

「退院おめでと。俺のお腹、前みたいに戻っちゃったけど……でも体調も戻ったよ。お祝いに、なにか美味しいものでも頼もうか」

「戻っちゃったの? まあ良いわ、私の手料理また毎日食べさせてあげるから」

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