第29話

1時間程が経った。

 泣き止んだ真里亜と一緒に本校舎に入った。真里亜の顔は目は腫れているがどこか清清しいようにも見える。

 ダンススタジオ5の傍に着いた。

 真里亜は自分からダンススタジオ5に入ろうとしない。まだ少し会うのが怖いのだろう。でも、会わないと何も進まない。

「真里亜、入るぞ」

「ちょ、ちょっと待って。まだ心の準備が」

「うるさい。あと何分かかるか分からないだろ」

 俺はダンススタジオ5のドアを開けた。そして、真里亜の腕を掴む。

「何をする気?」

「こうする気だよ」

 俺は真里亜の腕を掴んだまま、ダンススタジオ5に入った。ダンススタジオ5では他のメンバーが待っていた。

「おかえり」

「おかえりです」

「遅いですね」

「本当に遅いですね」

 恋歌以外のメンバーは各々、真里亜に言葉を掛ける。

 俺は真里亜の腕から手を離した。

「ごめんなさい。みんなに迷惑掛けて」

 真里亜はみんなに深く頭を下げた。

「いいよ。帰ってきてくれたんだから」

「そうです。心配したんですよ」

「ヒロインが居なかったら舞台が成立しない」

「モブキャラだけじゃ辛い」

 恋歌以外の各々は優しく真里亜を迎え入れる。

「……みんな、ありがとう」

 真里亜は顔を上げた。どことなくホッとしているようだ。

「諸岡さん。ちょっといいかな」

 恋歌は落ち着いた声で言った。

「うん」

「……酷い事言ってごめんなさい」

 恋歌は深々と頭を下げた。こんなに頭を下げた恋歌を見たのは初めてだと思う。それは狛田姉妹もなのだろう。驚きのあまり口を開けて、フリーズしている。

「あたしも傷つけるような事ばっかり言ってしまってごめんなさい」

 真里亜も先程以上に頭を深く下げた。

「許してくれるのか?」

 恋歌は顔を上げて、訊ねた。

「はい。嬢之内さんも許してくれるんですか?」

「う、うん」

「ありがとう」

「そっちこそありがとう」

「2人とも仲直りの握手をしたらどうだ」

 俺はまだ距離感があると感じて提案した。

「そうだな。わかった」

「そうする」

 恋歌と真里亜は仲直りの握手をした。これで一段落した。あとは2人次第だ。

「嬢之内さん。お願い一つしてもいいですか?」

「何?」

「……お、お友達になってくれませんか?」

 真里亜は照れながら言った。

「え?」

 恋歌は突然の事で驚いている。

「駄目ですか?」

「ううん。ウチからもお願いします」

「ありがとう。嬢之内さん」

「友達だから恋歌でいいよ」

「う、うん。じゃあ、恋歌って呼ぶね」

「うん。じゃあ、真里亜って呼んでいい?」

「いいよ」

 真里亜は嬉しそうに微笑んだ。

 これで一件落着だ。ここから2人の関係が深まってくれたらいい。

「よし、それじゃ自主練をするか」

「おう」

 皆は返事をしてくれた。ここから「ジーンリッチとNO.1189」は、もっといい物になると思う。なんだか、この出来事のおかげで本当の意味でチームになった気がする。

「あのさ。時間を無駄にさせてしまった身なんだけど。提案いいかな?」

 恋歌は訊ねて来た。

「なんだ?」

「ここはあと数時間したら使えなくなる。だから、みんなが良ければ本校舎の外にあるフリースペースでその後も自主練しない?」

「……それはいいな。みんなはどう思う」

「いいと思うよ」

「私も皆さんのお手伝いします」

「姉さんが言うなら付き合います」

「私も付き合います」

 真里亜以外のメンバーは快く了承した。

「真里亜はどう?」

 恋歌は不安そうに訊ねた。

「うん。しよう。あたし達のシーンを最高にするために」

 真里亜は満面の笑みで答えた。

「ありがとう」

 恋歌と真里亜は微笑み合っている。これでもう2人を心配する事はないようだ。あとは舞台本番までクオリティを上げていくだけ。


 午後二十時。もう外灯の傍以外は真っ暗だ。

 俺達は各々自主練をしている。お互いの芝居を見合ったりして、少しでも良くしようとしている。

「フリアはソフィアをどれ程好きって思ってる?」

「あたしはやっぱり、親の王様達よりも愛してると思うよ」

「そっか。それじゃさ。このシーンはもう少し傍に来てくれた方がお客さんにソフィアの事を愛しているって伝わると思うんだ」

「なるほど。言われてみたらそうだね。じゃあさ。ここのシーンはもっと突き放してくれた方がソフィアはフリアを受けつけらないとお客さんに伝わるんじゃないかな」

「……それはそうだね。じゃあ、それを踏まえて一回やろう」

「うん、しよう。恋歌が納得しない部分があったら言ってね」

「分かった。真里亜も納得しない部分があれば言ってくれ」

「もち」

「じゃあ、やるか」

 2人の仲は急激に深まった気がする。稽古が始まった当初はこんな姿を見れるとは想像していなかった。ちょっと、涙が出そうなほど嬉しい。

「龍虎っち、私達の芝居見て。第三者から見た意見がほしい」

「はいよ。見ますとも」

 俺は真里亜と恋歌のもとへ行く。2人がこれだけ作品を良くしようと頑張っているんだ。俺ももっと頑張らないと。2人にいや、他のメンバー達に置いて行かれる。それだけは言い出しっぺとして避けないといけない事だ。

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