第28話

茜色の空。もう夕方になったんだな。

 俺は走って、初めて会った海岸に向かう。稽古終わりで恋歌を探したせいで足が重くなっている。もっと鍛えないといけない。

 今日はつくづく自分がまだまだ未熟だと分からされた。もっと、頑張らないと。

 海岸の傍に着いた。海岸にはジャージ姿の朱色のボブヘアーの女子生徒が地面に体育座りして、膝に顔をうずめていた。

 あ、あれは真里亜で間違いないな。見つかってよかった。

 俺は深呼吸をして、息を整える。その後、真里亜のもとへ向かう。

「ここに居たのか。真里亜」

「龍虎っち」

 真里亜は顔を上げた。目は腫れている。きっと、1人で泣いていたのだろう。

「……隣、座っていもいいか」

「う、うん」

 俺は真里亜の隣に座った。

 海の音が聞こえる。水面は茜色に染まり、光が反射している。ここの景色は本当に美しい。

「……嬢之内と会うのが怖いか?」

「うん。怖い」

 真里亜は素直に答えた。

「そっか。じゃあ、もうダンススタジオに戻らないのか」

「ううん。戻りたい。戻って謝りたい」

「……謝りたいか。なんで、謝りたいと思ったんだ」

「嬢之内さんに酷い事言ったから。あたしの気持ちばかりを言ったから」

「……そっか」

「今まで、あたしは自分の芝居だけに固執してたんだと思う。相手の事なんて考えてもなかった。だから、自分の思うように芝居してくれない相手に今日みたいに酷い事言ってきた。そのせいで、あたしの周りからみんな離れて行ったんだ。やっちゃ駄目だと分かっていたのに。また同じ間違いしちゃった……」

「よかったんじゃねぇか」

「……よかった?」

 真里亜は不思議そうな顔をした。

「あぁ。自分でも自分の悪い所を自覚したんだろ。それじゃ、直していけるじゃないか。お芝居の稽古みたいに」

「……龍虎っち」

「それに真里亜はみんなの憧れの存在なんだぞ」

「……憧れ?」

「おう。天才ってやつだ。俺だって、真里亜の持っているものに嫉妬してしまう時もあるんだ」

「嫉妬する?」

「あぁ。自分より圧倒的にレベルが違うから羨ましいんだよ。相手が自分の欲しいものを持っているその現実を受け止めたくなくて、妬んでしまう。でもさ。それは自分でどうにかしないといけない事なんだと思う。相手の持って居る者は妬んでも手に入らないんだから」

「…………」

「なんで、天才と凡人の間に距離感が生まれると思う?」

「……分からない」

 真里亜は首を横に振った。

「それはお互いが相手の事を知ろうとしないからだよ。だって、考えてみろ。俺から真里亜を見たら天才女優でもあり友達でもある。友達だから真里亜の良い所も悪い所も知ってる。でも、友達じゃない人から見たら天才女優でしかない。嫉妬や妬みの対象でしかなくなる。真里亜だって友達じゃないやつの事は知らないだろ。その代わり、友達の俺の事とはある程度分かるだろ。これは許してくれるけどあれは許してくれないとかみたいに。相手の事が分かれば分かる程さ。あ、一緒の人間なんだって思うんだよ。きっと」

「……相手を知るか。それってあたしも出来るのかな」

 真里亜は不安そうに訊ねて来た。

「できてるさ。俺と友達になってるんだから」

「……そっか」

「あぁ。だからさ。嬢之内の事を知ろうとしたらいいんだよ。お芝居の事よりも先に。お互いさ、相手の事をしればどう演技するかも分かるじゃん。で、相手が芝居でミスした時も上手くフォローできるようになると思うんだ」

「……お友達になればいいって事かな?」

「おう。その通りだ。親友だったら信頼できるだろ」

 俺はニコッと笑って言った。

「……うん。龍虎っちはあたしの事を親友と思っている?」

「おうよ。大親友だ」

「……ありがとう」

 真里亜は声を出して、泣き始めてしまった。

「お、俺、悪い事言ったか。それとも、沢庵の食べすぎで腹が痛くなったか」

「両方違うよ……ただ嬉しいんだよ」

「嬉しいか。じゃあ、快く泣け」

「快く泣けって酷くない」

「酷くない。でも、泣き終えたら嬢之内や他のメンバーにもちゃんと謝れよ。心配してくれてるんだから」

「うん。全身全霊込めて土下座する」

「土下座はしなくていい。謝罪に気持ちがあれば」

 少しずつ普段の真里亜に戻りつつある。よかった。本当によかった。

「……わかった」

「落ち着いたら言えよ。それまで隣で居るから」

「……ありがとう」

 真里亜はそう言うと、涙を思いっきり流す。今まで溜めてきたものが溢れ出しているのだろう。それだけ色々と考えていたんだ。辛かったなとかしんどかったんだなとかは言わない方がいい。ただ傍で居る。それが一番正しい事だと思う。

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