第26話

5月3日。

 通し稽古も終盤の差し掛かってきた。次のシーンは真里亜と嬢之内のシーンだ。

 通し稽古はシーン稽古と違い、本番と同様に一度も中断する事なく最後まで続ける。だから、緊張感が今までの稽古と違う。でも、その緊張感のおかげで集中力が上がっているのが自分でも分かる。

 周りのメンバーを見る。二重丸も狛田姉妹も真剣な表情をしている。

 真里亜は普段のふざけた顔ではなく集中したしっかりとした顔になっている。逆に、嬢之内は普段と比べて顔が強張っている。緊張しているからだろうか。

 真里亜と嬢之内のシーンが始まった。2人は今までの稽古と同じように芝居をしている。でも、嬢之内は芝居に集中できていないように見える。俺の気のせいだったらいいんだけど。

「フリア。行かないで」

 嬢之内の声は上擦っている。ミスしてしまって、頭が混乱しているのが分かるぐらいに目が泳いでいる。

「……ごめんなさい。もう決めた事なの」

 真里亜はフリアの申し訳なそうな芝居をする。

「……フリア」

「こうしないと、2人とも幸せにならないの」

「でも」

「私がここに居たらお姉ちゃんがお父様に処分されちゃう」

「……それは」

「だから、私が死んだ事にして」

「……フリア」

 嬢之内はその場に倒れこんだ。昨日、俺達に見せてくれたあの芝居はどうしたんだ。

「私は大丈夫だから。ねぇ」

 真里亜は嬢之内を抱き締める。

「フリア。フリア……」

 嬢之内の声は震えている。しかし、涙は一滴も流れない。真里亜の芝居が浮いてしまっているように見えてしまう。

「お姉様……」

 真里亜は嬢之内から離れて、去ろうとする。

「……ごめん。ごめんなさい。こんな酷いお姉さんで」

「そんな事ないよ、お姉様。……私はお姉様を愛してる」

「フリア……」

「さようなら。幸せになってね」

 真里亜は下手に去っていく。

「……フリア」

 嬢之内は去っていた真里亜の方に手を差し伸ばさない。どうしたんだ。何かあったのか?

「……私って馬鹿だ。今頃、気づいたの。……貴方が世界で一番大切な妹だって。

今までの事を許してとは言わない。でも、これだけは言わせて。貴方が私の妹で居てくれてありがとう」

 嬢之内は結局俺達に昨日見せてくれた芝居をせずに終えた。ただ台詞を言っただけになった。声が上擦ってからの芝居はきついものだった。

 ――通し稽古が終わった。10分程休憩してから、仲山先生の前に集まった。

 休憩中の間、嬢之内はダンススタジオの隅で顔を隠して、座っていた。あんな状態の嬢之内を今まで見た事がなかった。だから、どう声を掛ければいいか分からなかった。普段つるんでいる狛田姉妹でさえ話かけられないほどだ。

「じゃあ、駄目だししていくぞ」

 俺達は返事をする。

 ――仲山先生は最初のシーンから全て悪い所を指摘して、どうすればいいかをアドバイスしてくれた。

 そして、問題の真里亜と嬢之内のシーンの駄目だしになった。

「嬢之内は芝居を自分の思うとおりに出来なくなってから全てが崩れたな」

「……はい」

 嬢之内は小さく返事をした。

「これは本番じゃないんだ。稽古なんだ。だから、失敗してもいい。もっと、挑戦してみろ。わかったな」

「……は、はい」

 昨夜の自主練で出来た事を、稽古で見せらなかったのが堪えているに違いない。

「次は諸岡だ」

「はい」

 真里亜は嬢之内とは違い力強く返事をした。

「お前の芝居はいい。けどな。相手とキャッチボールをしていない。自分でだけで芝居をしている。だから、心に何もこない」

「……自分だけで芝居をしているですか」

「あぁ。もっと、相手の芝居も受け取れ」

「……相手の芝居を受け取る」

 真里亜がここまで駄目だしを受けているのを初めて見る。普段、駄目だしらしい駄目だしを見た事がないからある意味新鮮だ。

「あと、この駄目だしは二人ともだ。諸岡と嬢之内は姉妹に見えない。よくて親しい知人ぐらいだ。距離感や視線などが姉妹のものじゃない。ここは2人で話し合って、どうにかしなさい」

「話し合います」

 真里亜の表情が暗くなっている気がする。

「……分かりました」

 この2人がちゃんと話し合えるか不安だ。稽古が始まってから2人で話し合っているところを見た事がない。それに普段も話さないし。お互い真逆の性格って言ってもいいぐらいに性格が違う。話し合いをして、喧嘩にならなければいいが。

「次のシーンの駄目だしだな。龍野、お前は日に日によくなっている。だから、本番までの稽古色々と挑戦してみろ。良いものと悪いものは俺が判別するから」

「はい」

 色々と挑戦してみよう。不要な部分をそぎ落とせば、もっといいNO.1189を演じる事ができるはず。

「諸岡、ここのシーンに関しては言う事はない」

「……はい」

「それじゃ、駄目だしは終わりだ。ここからは自主練にする。転換のタイミングやシーン毎に話し合ったりしてみろ」

「はい」

 俺達は返事をした。

「よし。自主練の時はジャージに着替えろよ。衣装を汚さない為にもな。では、解散」

 仲山先生は長テーブル前の椅子から立ち上がり、ダンススタジオ5から出て行った。

「じゃあ、俺達は一回外に出るか」

「そうだね。虎ちゃん」

 俺と二重丸は立ち上がって、棚に置いているジャージを取りに行く。その後、長テーブル前の椅子に腰掛けている美島さんのもとへ向かう。

「お疲れ様」

「お疲れ。美島さん」

「お疲れ様です。鬼さん。丸尾さん」

 美島さんは微笑んでいる。癒し系だ。悪い感情が浄化されていく気がする。

「自主練はどうするの?」

「居ます。自主練の皆さんのお手伝いをします」

 美島さんには色々とお手伝いしまくってもらっている。今度、お礼に何かしてあげないと。

「ありがとう」

「ありがとね」

「はい。皆さんの姿を見ていたら色々とアイデアが思いつくので」

「そっか。じゃあ、俺達は着替えに行くから」

「了解です」

 俺と二重丸はダンススタジオ5を出て、男子更衣室に向かう。

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