第25話

5月2日。放課後。ダンススタジオ5。

 俺達は仲山先生に衣装がどうか判断してもらう為に昨日買った衣装を着て、座って待っている。なんと言うか、これが舞台じゃなかったら、ただのコスプレ大会だな。

 トイレとか飲み物を買いに行くのもこのままだったら恥ずかしいな。

 突然、ドアが開いた。

 仲山先生と美島さんがダンススタジオ5に入って来た。

「おーすごいな」

 仲山先生は俺達の衣装姿を見て、驚いている。

「おはようございます」

 俺達は立ち上がって、挨拶をした。

「おう。おはよう」

 仲山先生は長テーブル前の椅子に座った。

 美島さんは俺達に軽く頭を下げてから椅子に座る。

「まぁ、座ってくれ」

「はい」

 俺達はその場に座った。ドレスを着た真里亜と恋歌は動きにくそうだ。着替えるのも時間がかかるらしいし。

「まず、衣装がどうか見ていくな」

 仲山さんは俺達の衣装姿をまじまじと見ている。

「そうだな。諸岡と嬢之内はそれでOK。狛田もなとりさはそのメイド服はOK。あと、他のシーンで使う衣装は持って来ているか?」

「はい。持って来ています」

「同じく持って来ています」

「そうか。それじゃ、着替えなくていいからそれを見せてくれ」

「はい」

「わかりました」

 狛田姉妹は立ち上がり、ダンススタジオの端に置いている自分達のキャリーバックのところへ行く。そして、キャリーバックを開けて、他のシーンで使う衣装を手に取る。その後、キャリーバックを閉めてから、戻って来た。

「これとこれです」

「私ももなと同じようにしました」

 狛田姉妹は他のシーンで使う衣装を仲山先生に見せた。

「おう。全部OKだ。早着替えの練習だけしとけよ。何かあったら、諸岡に聞け」

「お願いするよ。諸岡さん」

「私もお願い。諸岡さん」

「うん。任せて」

 真里亜は狛田姉妹にサムズアップをした。

「次は龍野だな。それとタキシードを着るんだな」

 仲山先生は俺が着ているカーキ色のシャツとズボンを見て、言った。

「はい。そうです」

「その服はちょっと汚してくれ」

「わ、分かりました」

「あとは首輪は見つけたか。ちょっと近未来的な」

「はい。ありました」

 俺は立ち上がり、棚へ向かう。そして、棚の上に置いている近未来風の首輪を手に取り、仲山先生に見せた。

 小道具ショップで思ったとおりの首輪が見つかってよかった。もしなかったら自分で作らないといけなかった。でも、そんなに手先は器用じゃない。美術も平均的だったし。

「お、いいな。それ。それでOKだ」

 仲山先生は俺が持っている首輪を見て言った。

「ありがとうございます」

「今日の稽古からそれを付けろ。少しでもその首輪に慣れろ」

「はい。分かりました」

 俺はその首輪を持ったまま、自分が居たところへ行き、座った。

「次は丸尾だな」

「どうですか?」

「かっこいいな。もっと下品にしたい」

「下品ですか?」

「あぁ、その服に合うマント。後は金色のネックレスと金色のブレスレットと金色の指輪を両手に三個ずつ用意してくれ。出来るか?」

「えーっと。ネックレスとかはいけると思うですが。マントが売ってなくて」

「うーん。作れないか?」

「裁縫が苦手でして」

 二重丸はたしかに裁縫が苦手だ。料理は上手なんだけど。

「それじゃ、私が作ります」

「私も手伝います」

 狛田姉妹が手を上げた。

「お前達作れるのか?」

「はい。実家が呉服屋なので」

「マントぐらいならすぐに作れます。生地も部屋に色々とあるので」

「それじゃ、頼んだ」

「お願いするよ。もなちゃん。りさちゃん」

 二重丸は狛田姉妹に頭を下げた。

「はい。任せてください」

「丸尾くん。後でその服を見せて」

「うん。わかった」

「じゃあ、丸尾もOKだ。みんな今日からは出来るだけ衣装でやってくれ。あとシーン毎の転換するメンバーを決める」

「転換?」

「暗転中に次のシーンの為にセットを変えることだよ。今まではシーン毎に稽古していたから、必要なかったけど、通しで稽古するようになったら決めないと」

「分かりました。でも、暗転中にどうセットを動かすんですか?真っ暗で見えないと思うんですが?」

 感に頼ってセットを動かしたらえらい事になると思う。

「セットを置く場所の床に蓄光テープを貼るんだよ。そうすれば暗転中にその蓄光テープが自然と発光するから」

「……わ、分かりました」

 そんなものがあるんだ。目印になるものがあるなら安心だ。

「他に質問はあるか?」

 仲山先生が俺達に聞いてくる。

「ないです」

 俺達は首を横に振った。

「よし。それじゃ稽古するぞ。何かあれば逐一言ってくれ」

「はい」

 俺達は返事をして、立ち上がった。まだまだ覚えないといけないこと、やらないことがたくさんある。それは全てこれからの役者生活に必要な事だ。一つ一つ勉強していかないと。


 稽古が終わり、俺と二重丸は本校舎の外にあるフリースペースで自主練をしていた。

 衣装を汚さないようジャージに着替えた。衣装はキャリーバックに入れて、傍に置いている。

「早く衣装になれないといけないね」

「そうだな。お前は特に王様だから立ち振る舞いとか必要だもんな」

「うん。少しでも偉そうな王様の立ち振舞いをしないと」

「だな」

 それぞれの役にそれぞれの苦労があるんだ。みんな同じじゃないから悩みは違う。でも、良い芝居にしようとしている気持ちは一緒ははず。

「次はどこのシーンをする」

「えーっと」

 俺は自分の台本を手に取り、ページを捲る。

 すっかりこの台本も汚れてしまったな。何度も読んでいるから台本はボロボロになっているし、自分の出ているシーンには赤いボールペーンで感情やその時感じた事や思った事を書き込んでいる。だから、台詞はかろうじで見えるぐらいになっている。

「……行かないで」

 近くから女性の声が聞こえてきた。こんな時間に俺達以外誰か居るのか?それとも……。

「と、虎ちゃん。今、女の人の声が聞こえたよね」

 二重丸は怯えながら言った。

「おう。たしかに聞こえた」

「こんな時間にここに居るのって、僕達以外いないよね」

「たぶん。そう思う」

「それじゃ、幽霊?」

「うんなわけないだろ。そんな非科学的なもの」

 幽霊なんか居たら夜トイレ行けなくなるだろ。そんなものは居ない。居てたまるか。

「……行かないで」

 また女性の声が聞こえた。どうやら、声の大きさからして、声の主とは距離はさほど離れていない気がする。それにこの声聞いた事がある気がする。

「やっぱり幽霊だ。もう今日は帰ろう」

 二重丸は身体を丸めて、先程よりも怯えている。

「確かめに行って来る」

「え?本当に言ってる?」

「おう。マジだ。この世に幽霊なんか居ない」

 俺は声がした方に向かい出した。

「ちょっと待って。一人にしないで」

 二重丸は俺の肩を掴んだ。普通の力の奴なら振りほどけるが、二重丸の場合は無理だ。

「じゃあ、一緒に行くか」

「う、うん。虎ちゃんの後ろに隠れて行くよ」

「俺はお前の盾か」

 俺の身体じゃあ、お前を護りきれないぞ。まぁ、幽霊じゃないだろうから大丈夫だと思うけど。

「ごめん。今だけはお願いします」

「……はぁ、わかったよ」

 溜息を吐いて言った。

 俺達は声がする方へ向かう。

 幽霊なんか居ない。それなら、この学園の七不思議か噂になっているはず。でも、そんな話入学してから聞いた事がない。だから、人間だ。人間のはずだ。

 校舎の角に着いた。きっと、この先に声の主がいるはず。

「うーん。上手くいかない」

 女性の声が聞こえた。この声って……もしかして。

「幽霊なんかいない。幽霊なんかいません。アーメン。ラーメン。チャーシューメン」

 おい。途中から食べ物になってるぞ。まぁ、今、指摘しても意味がないから言わないが。

「大丈夫。幽霊じゃなくて、お前もよく知っている女子だ」

「トイレの花子さん?」

「違うわ。自分の目で確かめろ」

「正体を知ってからじゃないと見たくない」

「ったく。おい、嬢之内。そこに居るんだろ」

 俺は角から出て、声がした方を見た。そこにはジャージ姿で台本を持った嬢之内が驚いた顔をして、こっちを見た。

「……虎琉?」

「おう。自主練してるのか?」

「そうだけど」

「じゃあさ。俺達と一緒にやろうぜ」

「俺達?」

「おう。二重丸出て来い。嬢之内だから」

「わ、わかったよ」

 二重丸は角から出て来た。

「丸吉」

「恋歌ちゃんだったんだ。幽霊だと思ったよ。でも、なんで1人で自主練をしてたの?」

 二重丸は声の主が嬢之内だと分かりホッとしている。

「は、恥ずかしくて」

 嬢之内は顔を赤らめて、恥ずかしそうに言った。

「そうなんだ」

「お前らしいな。でも、1人でやるより、何人かでやった方がいいと思うぞ」

「う、うん」

「一緒にやるぞ。仲間なんだから。なぁ」

「……わ、わかった」

「二重丸もそれでいいだろ。幽霊じゃなかったんだから」

「うん。幽霊じゃなくて恋歌ちゃんだったら何でも手伝うよ」

 二重丸はいつの間にか元気になっていた。今さっきまでの怯えはどこに行ったんだよ。

「あ、ありがとう」

「やりたいシーンがあれば言ってくれ。嬢之内以外の台詞は俺達が言うから」

「そう。それじゃ、このシーン」

 嬢之内は台本を開き、俺達に自分がしたいシーンを見せてきた。そのページは真里亜が演じるフリアと別れるシーンだ。

「分かった。じゃあ、俺が真里亜の台詞を言いながら嬢之内の芝居を見るから」

「僕はただ見とくよ」

 二重丸はサムズアップをした。おい、何もしないのにそんなに威張るな。まぁ、このシーンは2人しか出てないから仕方がないけど。

「うん。お願い」

「準備出来たら言ってくれ」

「……わかった」

 嬢之内は目を閉じて、ゆっくりと深呼吸をする。その後、目を開けた。

「お願い」

 嬢之内の目つきが真剣なものに変わった。

「了解」

「フリア。行かないで」

 嬢之内は芝居を始めた。稽古を重なる度に感情表現よくなっている気がする。でも、まだ出せる気がする。なんだか、勿体無い気がする。

「……ごめんなさい。もう決めた事なの」

 俺は真里亜の台詞を代わりに言う。出来るだけ芝居をして。

 代役もある程度芝居しないと、稽古にならない。

「……フリア」

「こうしないと、2人とも幸せにならないの」

「でも」

「私がここに居たらお姉ちゃんがお父様に処分されちゃう」

「……それは」

「だから、私が死んだ事にして」

「……フリア」

 嬢之内は胸元を握り、その場に膝から崩れ落ちた。

 いいな。その手の動き。手だけでどんな気持ちか俺達に伝わってくる。それに膝から崩れ落ちるのも段取りじゃない。

「私は大丈夫だから。ねぇ」

 嬢之内は真里亜が抱き締めていると想像しながら芝居を続ける。嬢之内の顔は少しずつ赤くなっていく。そして、瞼が濡れ始める。

 ……涙が少しだけこぼれた。よし、ト書きどおりに涙が流れた。でも、もっと量が欲しい。

「フリア。フリア……」

 嬢之内の声が震えている。しかし、涙が先程以上には流れない。

「お姉様……」

「……ごめん。ごめんなさい。こんな酷いお姉さんで」

「そんな事ないよ、お姉様。……私はお姉様を愛してる」

「フリア……」

「さようなら。幸せになってね」

「……フリア」

 嬢之内は真里亜が去る下手側に右手を伸ばす。

「……私って馬鹿だ。今頃、気づいたの。……貴方が世界で一番大切な妹だって。

今までの事を許してとは言わない。でも、これだけは言わせて。貴方が私の妹で居てくれてありがとう」

 嬢之内は伸ばしていた右手をゆっくり、胸に持って行く。そして、左手を右手に重ねる。その芝居はまるでソフィアがフリアとの思い出を抱き締めているかのように見えた。

 やろうとしている事は分かる。けど、それに感情表現が追いついていない。惜しい。惜しすぎる。見ている、俺が歯がゆくなる。本人はもっと歯がゆいに違いない。

「……どうだった?」

 嬢之内は立ち上がり、訊ねて来た。

「この前の稽古より良くなってると思う。やろうとしている事も伝わってくるし、それが出来たらこのシーンは最高のものになる。でも、なんか……足りないんだよ」

「……やっぱり。丸吉は?」

 嬢之内は悔しいそうな表情をしている。

「うーん。僕も虎ちゃんと同意見だよ。感情がもっと前に出たら完璧になると思うんだ」

「感情を前にか」

「真里亜とはこのシーン話合っているのか?」

「全然」

 嬢之内は首を横に振った。

「なんで?」

「あの子の芝居に圧倒されちゃってさ。レベルが違い過ぎて遠慮してるって言うか」

「……そっか。でも、話合った方がいいと思うぞ」

 嬢之内が言っている事はなんとなく理解できる。真里亜の芝居は俺達と比べてレベルの差が圧倒的に違う。追いつこうとするだけで必死だ。対等に話し合うなんて難しいと思ってしまう時が俺にもある。

「だよね」

「でも、何か掴んだらきっと良くなるさ」

「……そうかな?」

 嬢之内は不安そうに訊ねて来た。普段はあんなに眉間に皺を寄せているのに珍しいな。それだけ切羽詰まっているんだろうな。俺も結構余裕はないし。

「そうだよ。なぁ、二重丸」

「うん。大丈夫だよ。だから、頑張ろう」

「……おう。ありがとう」

 嬢之内は照れくさそうに言った。

「よし、もう一回するか?」

「頼む」

「恋歌ちゃんのシーンが終わったら、僕のシーンも付き合って」

「わかった。どこにシーンするか決めとけよ」

「ウチも手伝うよ」

「2人ともありがとう。シーンはもう決めてるから。さぁ、もう一回しよう」

 俺達は自主練を続ける。

 本番までにあとどれくらい芝居を上達させる事ができるのだろうか。

 1人ずつの芝居が上手くなれば上手くなる程、作品のクオリティは上がるはず。だから、全員の芝居が上達すれば最高の作品になるはず。

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