第18話

4月24日。2現目。メイクの授業。

 俺と二重丸は他の生徒達同様、メイクルームの化粧台の前の椅子に座り、メイクをしている。

 人生初のメイクだ。なんと言うか、変な気分だ。こう言う俳優とかを目指さない限り、自分は人生で一度もメイクする事なんてなかったと思う。でも、今はこうやって、自分の顔をメイクしている。

 それにしても女子って凄いな。これをほぼ毎日しているだもんな。自分達がやれと言われて出来る気がしない。ただただ尊敬する。

「どんな感じ?」

 隣の椅子に座っている二重丸が訊ねて来た。

「微妙だな。てか、お前ピエロみたいになってるぞ」

 二重丸の顔は真っ白になっている。何を塗ったんだ。

「虎ちゃんこそ、アイシャドー引きすぎて悪魔みたいになってるよ」

「そ、それは」

 メイクって難しい。ちょっと失敗するだけで印象が変わってくる。女性はこんな緊張感とほぼ毎日戦っているのか。恐るべし女性。

「2人とも一回メイク落としでメイクを落としなさい。先生が教えてあげるから」

 メイクの先生が俺達2人の顔を見て、呆れながら言った。 

「すいません。お願いします」

「はい。すぐに落とします」

 俺達2人はメイク落としクリームで化粧を落とす。

 メイクも自分の部屋で練習しないとな。やる事が多いな。でも、全部やらないと、結局全部出来ないとプロにはなれないし。


 4月26日。午後5時。

 俺と二重丸と真里亜と嬢之内と狛田姉妹はダンススタジオ5で「ジーンリッチとNO.1189」の稽古が始まるまでの時間、柔軟や台本を読んでいたりしている。

 俺は柔軟を終えて、台本に目を通す。

 台詞は一応全て覚えたつもりだ。でも、感情を入れたり、動いたら台詞が飛んでしまうかもしれない。まだ台詞が自分の身体に染み付いていないんだ。もっと、台本を読んで、覚えないと。

 廊下からこの部屋に近づいてくる足音が二つ聞こえる。きっと、仲山先生と美島さんの足音だろう。

 ダンススタジオ5のドアを開いた。

 仲山先生と美島さんが台本とメモ帳を持って、俺と二重丸が用意した長テーブル前の椅子に座った。

「おはよう」

 仲山先生は元気よく挨拶をした。この人の声はよく通るな。発声の基礎が出来ているんだろうな。俺も発声の練習をしないと。この域にならないと、劇場で一番後ろの席の観客まで声が届かないはず。ピンマイクはあるかもしれないけど、ピンマイクなしで届いた方がいいはず。突然、ピンマイクが故障する可能性だってあるし。

「……おはようございます」

 美島さんは恥ずかしいそうにか細い声で言った。美島さんはお芝居をするわけじゃないからこの声の大きさでもいい。

「おはようございます」

 俺達は仲山先生に負けない声で挨拶をした。しかし、まだまだ仲山先生の発声には遠く及ばない。なんて言うか、声が前に飛んでない気がする。仲山先生はちゃんと前に飛んでいる。それも広範囲に。

「みんないい声だ。よし、稽古を始めるぞ。今日は1シーンずつ芝居をつけていく。自分で考えた演技をしてくれ。台本は出来るだけ放してくれ。もし、台詞が出なかったら、シーンに出てない者が台詞を教えてあげてくれ」

「はい」

 俺達は返事をする。

「それじゃ、最初のシーンからしていくぞ。出ているもの以外は俺の後ろで座ってくれ」

 俺達は立ち上がった。俺と狛田姉妹以外のメンバーは仲山先生の後ろへ行った。

 ……あれ、心臓の鼓動が急に早くなってきた気がする。もしかして、緊張しているのか。授業で人前に立つのに。稽古は違うのか。

「じゃあ、スタート」

 仲山先生が芝居の合図を出した。

「この物語はとても遠い未来の物語」

「人間を試験管から生み出す技術が確立されてから、百年が経った。人間は二つの階層に分けられるようになった」

 もなとりさがそれぞれ上手下手で台詞を言った。

「ストップ。2人とももっとロボットみたいに冷たく言ってみて」

 仲山先生は芝居を中断した。そして、狛田姉妹に芝居をつける。

「は、はい」

「分かりました」

 もなとりさは驚きながらも仲山先生の指示を聞いている。

 仲山先生の隣に座っている美島さんはメモ帳に何かを書いている。

「それじゃ、もう一回やってみようか。どうぞ」

「この物語はとても遠い未来の物語」

「人間を試験管から生み出す技術が確立されてから、百年が経った。人間は二つの階層に分けられるようになった」

 もなとりさは仲山先生の言われた事を実践して、台詞に感情を入れずに言っている。

「特定の人間達の遺伝子から作られた量産型のクローン達の貧富層。そして、遺伝子組み換えされて様々な才能を与えられた富裕層」

「貧富層はどんなに夢を描いても叶える事は出来ない」

「しかし、NO.1189はそれでも夢を持っていた」

 もなとりさはそれぞれ上手下手の袖に去っていく。

「ここが城か」 

 本当に目の前に城があるように台詞を言った。

「ストップ。龍野。城がどれだけ大きいとか、城に対する気持ちとかが見えてこない。台詞を言っているだけだ。芝居は台詞だけじゃないんだ。もっと、視線や身体を動かしてみろ」

「は、はい」

 台詞を言う事だけを気にしていた。仲山先生の言うとおりだ。もっと、NO.1189だったらどうなふうに動くかを考えて芝居しないと。

「今言った事を気にしながら、もう一度やってみろ」

「分かりました」

「じゃあ、スタート」

「……ここが城か」

 俺は巨大な城を想像して、視線を上に向けて、台詞を言う。

「OK。いまさっきより、よくなってる。今の感じだったら、城のサイズがお客さんに伝わる。

そう言う感じでどうすればお客さんに伝わるかを考えて芝居をするんだ」

「はい」

 やった事が合っていたみたいだ。そうか。自分だけじゃなくて、お客さんにどう伝わるかも考えないといけないんだ。

「龍野以外も同じだぞ。他の人が言われた指摘は自分に対する指摘だと思って、聞くように」

「はい」

 俺以外のメンバーは返事をした。

「次のオープニングは全部シーンを終えてからにしよう。そこまで難しくないから」

「分かりました」

 全員返事をする。

「じゃあ、次のシーンに行くぞ」

 次のシーンは出ていない。だから、仲山先生の後ろに行かないと。

 台詞だけ覚えて稽古に来ても意味がないな。もっと、どう言う意図で自分が芝居をしているかを見てもらわないと。それで、その芝居の悪い所、良い所を言ってもらって改善する。まだ、そこまでのレベルに行っていないのが不甲斐ない。でも、この段階で分かっただけでも助かった気がする。

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