第8話

夕食後、俺は寮から出て、海岸で外郎売りの練習をしていた。ここなら、声を出しても誰にも迷惑をかけない。それに1人だったら集中出来る。

「拙者親方と申すは……夜は怖いな」

 集中は出来るが明かりが全然なくてかなり怖い。都会の夜と自然の夜はこんなに恐怖感が違うのか。早く慣れろ、俺。人より努力しないと上手くなれない。それに誰にも負けたくない。

 俺は深呼吸をした。

「よし、走りながら覚えるか」

 今日の授業で分かった事がある。それは体力をつけないといけない事だ。映画の撮影は長丁場になるってよく聞くし、舞台は2時間や3時間ぶっとうしでする。どのジャンルも体力はいるはずだ。

「拙者親方と申すは……」

 俺は外郎売を言いながら、本校舎に向かって走り出した。

 夜だから周りが良く見えない。でも、本校舎に近づいている事だけは事実だ。

 ニャーと、弱弱しい猫の鳴き声が聞こえた。

 心臓が止まるかと思った。でも、今にも死にそうな声だ。助けないと。

 俺は立ち止まり、どこから聞こえているのかを把握する為に耳を澄ました。俺は猫の鳴き声がする方に向かった。

 猫の鳴き声のする場所の近くに着くと、白い服を着た華奢な小柄の女の子が何冊か大学ノートを抱えて、木の前に立っていた。緑色のロングヘアー。黒髪じゃないから幽霊ではない。きっと、いや、絶対。

 女の子は木の上に視線を向けた。木の上には降りられなくなった子猫が居た。

 女の子は抱えている全ての大学ノートを地面に置いた。そして、向かい側の木に登った。

 え?もしかして、その木から子猫が居る木に飛び移る気なのか。

 女の子は木の枝の方に向かう。今にも木の枝は折れそうだ。あれは数秒も持たない。

 俺は女の子が登っている木の方に駆け出した。

 ぱきっと、木の枝が折れる音がした。女の子は木の枝ごと落下し始めた。

 俺はスライディングして、女の子をキャッチした。

「大丈夫?」

「……ありがとう。鬼さん?」

「強面の顔をしてるけど人間だよ」

 何でこの学校は独特な感性を持った子が次から次へと出てくるんだ。

「あ、ごめんなさい」

 女の子は立ち上がった。

「いいけど。絶対に君が考えてた方法では子猫は助けられないよ」

 俺も服に付いた砂を払いながら、立ち上がった。

「え?本当?」

 天然なのか。それとも馬鹿なのか。どっちかまだ分からない。

「うん。本当」

「じゃあ、どうしたら猫ちゃん助けられる?」

「俺が助けるから。ちょっと待って」

「……うん。わかった」

 俺は子猫の居る木の下に行く。子猫の位置を確認して、深呼吸をする。そして、木を登り始める。

 子猫が居る場所に着いた。

「……大丈夫。だから、追いで」

 子猫は俺のもとへゆっくり近づいて来る。

 自慢になるが人からは避けられるが動物は近づいて来る。嬉しいような悲しいような能力だ。

「いい子だ」

 俺は子猫を抱き抱えた。

 ……この高さなら飛んでも大丈夫だな。

 俺は子猫を抱いたまま、木から地面に飛んだ。ジーンと、痛みが足全体を襲う。やっぱり飛ぶんじゃなかった。痛い。とても、痛い。

「はい、子猫。無茶したら駄目だよ」

 俺は女の子に子猫を手渡した。

「ありがとうございます。……優しい鬼さん」

「だから鬼じゃないって。龍野虎琉。君は?」

「……美島叶華(みしまとうか)」

 どこかで聞いた事ある気がする。覚え出しそうで覚え出せない。

「美島さんか。よろしくお願いします。この島に居るって事はアルス学園の生徒だよね」

「高等部の一年です」

「一年?俺もそうなんだ。何組なの?」

「……10組です」

「同じクラス?今日、教室に居なかったよね」

 もしかして、居なかった隣の席ってこの子なのかな。

「……執筆してたら学校に行くの忘れてしまってました」

「理由が独特だね。本書いてるの?」

「はい。一応、プロの作家です」

「え、本当に?代表作は?」

「想綴師(そうていし)シリーズです」

「……え、あの累計部数600万部の超人気作品の作家・美島叶華先生。どこかで聞いた事あると思ったら売れっ子作家だったんだ。俺、ファンなんだ」

 実家には今出てる巻までは全部ある。それ以外の著書も。ただただファンだ。

「どうもです」

 美島さんは顔を赤くして照れているように見える。この子があんな心温まる作品を書いているんだ。驚き以外何もない。

「それじゃ、もしかして、あそこにある大学ノートは最新作が書かれてたりするの?」

「いえ。没作品です。出版社の人からOKが出なかった子達です」

 美島さんは悲しそうに言った。それはそうだろ。出版社の人からはOKが出なくても書いた本人にとっては大事な作品のはずだから。

「……あのさ。その子達読んでもいいかな?読んでみたいんだ」

「はい。是非読んでください」

 美島さんは嬉しそうだ。最初は無表情な子なのかと思ってたけど違うみたいだ。

「誰にも読んでもらないままは可哀想だから」

「わかった。じゃあ、読ませてもらいます」

 美島さんは子猫を頭の上に乗せて、テクテクと歩き、大学ノート達を拾う。そして、俺のもとへ来て、大学ノート達を手渡してきた。

「感想待ってます」

「了解です」

 俺は美島さんから大学ノートを受け取った。どんな作品があるのだろう。どんな世界を見る事が出来るのだろう。とても、ワクワクしてきた。

「じゃあ、私、帰ります。明日、学校に行く為に」

「うん。その方がいいよ。じゃあ、また明日学校で」

「バイバイ。いや、お休みなさいです」

「お休み」

 美島さんは頭の上に乗せていた子猫を抱き抱えて、自分の住む寮に帰って行った。

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