【完結】ひとりぼっちの転生 〜復活した大聖女の力は国を救うために使うけど、私だって支えてほしい〜

もーりんもも

第1話 迫害される呪われた私

 雪の上を歩くのはものすごく疲れる。息も苦しい。

 ぜぇぜぇと吐いた息は口元を覆うスカーフを濡らし、あっという間にシャリシャリと凍りついていく。

 森の中にいるのに、顔を上げただけで大木の向こうにそびえ立つ白い壁が見える。


「あれが――大聖女様がお作りになった白防壁か。すごいな……」


 あの壁の向こうには魔物の国があるという。




 ――遠い昔。

 まだあの壁が無かった頃は、騎士だけでなく、聖女や神官たちも魔物の討伐に加わっていたと言い伝えられている。

 武器を持たない聖女や神官が、魔物と戦うところなんて想像できないんだけど。

 絵本に書かれているような魔法があったなんて、とても信じられない。


「イリアス? 疲れたなら休憩しようか?」


 考え事をしていたせいで、いつの間にか立ち止まっていたらしい。


「お母さん。ごめんなさい。私なら平気。……あの壁に見惚れて足が止まっちゃったみたい」

「そうねえ。本当にすごいわね。あの壁を見ると、言い伝えは全部本当なのかもって思うわよねえ」


 ――ほんの一瞬。

 本当にわずかな時間だけど、二人して立ち止まって壁を見つめたのがいけなかった。話をしながらでも足を動かし続けるべきだった。


「いたぞっ! こっちだ!」

「犬を放せっ!」


 ワンワンッ。ワンワンッ。


 追っ手の男たちと放たれた犬がこっちに向かってくるのを見て、私は恐怖で足がすくんでしまった。

 そんな私の手を母が強引に引っ張る。私は半ば引きずられるように歩かされた。


「振り返っちゃ駄目! 前だけ見て歩きなさい!」


 そう言われても、ハッハッハッハッと犬の呼吸が徐々に迫ってくるのを感じて、体が思うように動かない。


 ハッハッハッハッ。


 近づいてきている。


 ハッハッハッハッ。


 確実に、すぐそこまで来ている――。

 私が感じとったくらいだ。母が勘づかない訳がない。

 母は立ち止まって私の手を離すと、背中をパンッと叩いた。


「走りなさい!」

「でも――」

「行きなさい!」


 パシン!

 頬に衝撃を感じて、母に打たれたのだと理解した。


「行って! 早く!」


 必死の形相の母を見て、私は彼女に背を向けて走った。

 走る――といっても、ズボズボと雪に埋まっては足を上げて前へ進むだけ。とても走っているとは言えない。

 それでも必死に右、左と足を前に出す。

 母はついてきているのだろうかと振り返ると、怒鳴られた。


「行きなさい! 早く! 振り返っちゃ――うう」


 グルルル。

 ウー。


 二匹の犬が母に飛びつき、彼女は前のめりに倒れた。

 どうしよう。どうしよう。どうしよう。

 私のせいだ。全部私のせいだ。お父さんの時と一緒だ。お母さんまで――。

 あの日だって、子どもの泣き声が聞こえたから、ちょっと裏口から出て様子を見ただけなのに。


『いいかい。「走れ」って言われたら振り返らずに走るんだぞ』


 小さい頃から父にずっとそう言い聞かされて育った。

 もう聞くことのない父の声を思い出して、泣きながら足を動かす。


「ちくしょう! ガキがいねえ。どこに行きやがった!」

「まだその辺にいるはずだ!」


 荒っぽい男たちの声に、体がカーっと熱くなる。

 苦しくても前へ。足を止めちゃ駄目だ。


 ――前へ。

 ――前へ。


 私の小さい足跡を埋めてくれる雪は降っていない。一歩でも先に進んでおかないと捕まってしまう。

 大人が入って来られないような隙間のない大木の間を縫って進んだ。

 小枝をかき分ける度に、手や顔に傷が出来たけど気にしている余裕なんてない。

 森の奥へ奥へと入って行ったつもりだった。


 それなのに――。

 突然、大地が終わってしまった。

 大地の端は崖になっていて、その向こうは白防壁まで白い地面が続いている。

 広大な地面を覆っている白い物は、ここからでは雪なのか氷なのかわからない。

 とうとう人の世の境まで来てしまったらしい。

 私の呪われた黒髪が誰かに見つかる度に、私と両親はより人の少ない街へと――北へ北へと引っ越しを重ねた。


「これじゃあ、まるで魔物の国に帰ろうとしていたみたい……」


 魔物の王と同じ黒い髪と黒い瞳を持って生まれてきてしまった私。

 小さい頃は、自分が魔物かもしれないと思って、よく泣いていたっけ……。


「いたぞ! あそこだ!」


 とうとう見つかってしまった。

 やっぱり私には魔物の血が流れていたのかな……。だから人間に退治されるのかも……。

 お父さん、お母さん、ごめんなさい。駄目だった。せっかく私を逃がしてくれたのに。

 もし生まれ変われるとしたら、今度は姿で生まれたいな。


「よしっ。そっちから行け!」

「捕まえろ!」


 ……嫌だ。あの男たちに捕まるくらいなら……。

 私は空を見上げながら、後ろに足を踏み出した。足を支える大地はなく、体ごと落下していく。

 最初に見えていた空が途中から白い壁に変わって、最後はひんやりと冷たい感触だけが残った。

 ……あれ?

 この痛みを伴う冷たさって――。

 この感覚は、あの時最後に――死ぬ間際に感じたのものじゃない?

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