ホラ探偵のらりくらり日記
大空ひろし
第1話 再興 1
再興
保(やす)来(き)信(しん)次(じ)郎(ろう)にとって、今日は特別な日である。保来探偵事務所開設から三周年の記念すべき日。又、彼の父である保来孝太朗が立ち上げた、保来興信所の開設された特別な日でもある。
保来興信所は、父が失跡した為に暫く休業していたが、息子の信次郎によって探偵事務所と名前を変え復活させた。
「探偵事務所の看板を掲げてから、もう三年も経ったのね。何とか遣ってこられたのは叔父様のお陰ね」
社員二人だけの事務所。パートナーでもある木村和枝が感慨深そうに言う。
「和ちゃんが手伝ってくれてるので、やっとお袋に頼らなくて済むようになった。感謝しているよ」
信次郎は、心からそう思っている。
「叔父様は何処に居るのかしら? お元気でいらっしゃるかしら?」
父・保来孝太朗は十数年年前に突然消えた。行方の分らない人達を探すのも探偵の大きな仕事なのに、その当人がまるで蒸発したように消えてしまった。
必死に父の姿を探す信次郎と和枝。二人は、孝太朗の失踪は仕事の依頼と関係があると踏み、過去の依頼された父の資料を捲り追って見たが、結果として何も掴めなかった。
親子の血縁は断ち切れないのだろうか。信次郎は孝太郎の失踪後、父の後をなぞるように、妻を実家である旅館に残し上京。そして、父の職業だった探偵業を継いだ。
旅館に残された若妻は、暫くは若女将として旅館に留まってくれたが、信次郎の行動に怒りを抱き愛想を尽かされたのか、この頃には既に離婚していた。
普通に考えれば、離婚は当然の成り行きだが、その陰に、微妙に木村和枝の存在が見え隠れしていた。
憶測を呼ぶ信次郎と木村和枝の間柄だが、実際は仕事上のパートナーと言うのが正しいと言える。
一応、名目上の社長は保来信次郎で、木村和枝は調査主任となっている。だが、会社経営は事実上、彼女が担っていると言える。
信次郎は電話番と来訪者の応対ぐらいで、滅多に調査などしない。強いて言えば、女性一人では行き憎い水商売関係とか、危険が予測できる時の応援調査ぐらいである。
実際には、社長が働かなくても経営出来るとは言えない程の、二人だけの小さな探偵事務所。
なのに、何故信次郎が悠長に事務所で踏ん反り返って居られるのか?
実は、保来探偵事務所には別口の収入源があった。それはアパート経営である。アパートの家賃収入をプラスすることで、赤字経営であっても何とか維持出来る環境だった。
その赤字探偵事務所を実質的に支えているのが木村和枝。彼女は、頼りにならない信次郎を尻目に、舞い込む調査依頼を選別する事無く懸命にこなす。そのお陰で、探偵事務所が存続を続けられていると言っても過言では無い。
赤字だろうが調査依頼が無かろうが、信次郎が探偵事務所をたたまない理由は、行方不明になった父が、何時かはこの家に戻って来ると信じていたいからでもある。その一方で、気楽で居られると言う面も否定できない。
和枝は、信次郎に仕事の負担を強いる気持ちは無い。血の繋がりはないが、彼女にとって信次郎は可愛い弟のような存在。和枝の姿は、甲斐甲斐しく弟の世話する姉の姿そのものだった。
それは、血縁の無い自分を育ててくれた信次郎の母、ユキへの恩返しでもある。とは言え、木村和枝は信次郎を、単に可愛い弟の様な存在と見ているだけなのか。
彼女の心中を、信次郎もなかなか掴めないでいる。
次回 「再興 2」につづく
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