にゃがみはら市のコンツェルト
和寂
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「じゃあお母さん達帰るからね。なんかあったら連絡するんよ」
「わかったわかった。お母さん達も事故なくご無事で」
「気を付けるわ。んじゃあね。
「……ん」
母さんの後ろでぼさっと突っ立っている妹君は、こちらを一瞥し返事なのかよく分からない音を出す。
「ふふっ。まあ元気でな。あ、それと」
「?」
一歩近付き妹君の耳元で
「母さんと父さんには聞かれないように気をつけなよ」
一瞬の硬直の後、耳まで真っ赤に茹で上がる。
「……っ!! ○ねっ!!」
「っははは! まあ何かあったらおいで。交通費くらい出してやる」
「そうやってまたあんたは甘やかすんじゃけぇ。
『間もなく1番ホームに東神奈川方面行きが参ります』
「ほら、電車来たよ」
「行かなきゃ! じゃあね、ほら陽向いくよ!」
「あっ、うん」
まだ赤い耳の妹君は一度駆け出した足を止め、精一杯の笑顔と中指を立てて改札を抜けていった。
目元が濡れていたのは気の所為、そう思うことにしよう。彼女の名誉の為にもね。
さて。
これから4年間の一人暮らしだ。
正直なところ、やっとひと息吐ける、が今の気持ちだ。もちろん親が嫌いなわけでも妹が鬱陶しいわけでもない。それでも、恐らく独りというのが性分に合っているのだろうと思う。
さて、引っ越し祝いにラーメンでも行くか。
@@@
「おにいちゃんずるい!」
「なに?」
***
「おにいちゃんだいっきらい!」
「そっか」
***
「おにいちゃんやめて!」
「お兄ちゃん何もしてない」
***
「お兄ちゃん、お母さんがひどい!」
「どうした」
***
「お兄ちゃんこれ教えて」
「いいよ」
***
「お兄ちゃん聞いてよ」
「うん」
***
「お兄ちゃん、これなに?」
「おいそれどこで手に入れた」
***
「お兄ちゃん、その……」
「しょうがないにゃあ」
***
「お兄ちゃん口元アイス」
「ん、ありがとう」
***
「お兄ちゃんなんでッ!」
「……ごめん」
***
「お兄ちゃん……」
@@@
『──ア"ァ"ア"ァ"やめろ三番機俺をカットすんじゃねぇ……』
「あいつさっきも俺だけ寝かせて爆散してたぞ」
『汎用は支援見るな定期』
〈ヴーン──ヴーン〉
「やっべ電話きた──はいもしもし?」
『出るんかよw誰だよw』
『……』
「もし? ひな? 聞こえてる?」
『あー陽向ちゃんか。三番機くんさぁ、『前進!』じゃねえんだよカス、周りみろ』
「どうしたひな、大丈夫か? っぶね、おいてめえの格闘モーションくらい把握しとけハゲ」
『え?』
「あ、やっと声が聞こえた。どうした妹君よ」
『……バトオペか。どうせ瞬君と通話しながらでしょ』
心なしか呆れ気味だ。バレてしまっちゃあしょうがない、瞬との通話をヘッドセットからスピーカーに切り替える。
「御名答。瞬と話したいか?」
『おん? 陽向ちゃん? あー誰か男の人~はいナイスカットー』
「こんなんだけど」
『いや別に用事ない』
『あら酷い』
『あと何分?』
「32秒。オラッ格闘判定はこっちが上なんだよォ!」
『……終わったら教えて』
「うす」
〈トゥルドゥン〉
『いよし。カット来なかったから殺し切れたわ乙』
「gg、んじゃ妹君に電話するからちと落ちる」
『ういうい。お疲れ』
「うーす」
〈パボン〉
ふう。
……嫌な、予感がする。
『探す』アプリを開き、
ふむ、どう見ても新横浜駅構内に居るな。
なるほどなぁ。
なるほどねぇ。
うーん。
今日は金曜日、普通に平日。高校生の筈の妹が何故地元から遠く離れた新横浜駅に居るのか。
答えは迎えに来い、かな?
ということはだ。
これ御母堂に報告してないやつだ。
とりあえず電話するしかないか。
「もし? 愛しの妹君よ、迎えが必要だな?」
『……うん、ごめん。お金なくて』
「わかった。そうだなぁ。車だと30分、電車だと20分くらいかかるけどどっちがいい?」
『……車』
「はい、じゃあまたあとで」
『ありがと』
「ん」
やれやれ。もう風呂入ったあとなんだがな。
FieldCoreのジャージを履き、古くなってきたジャンパーを羽織って玄関に向かう。ふとカレンダーを見遣ると、来週の金曜日は昭和の日となっている。……GWまで全部居るつもりだなさては。
クロックスを履いて外に出る。まだ夜は少し肌寒いな。でも暑がりな自分にとってはこの時期が一番快適だ。
一応メッセージを送っておこう。
(篠原口側で待ってて)>
<(わからないけど了解)
まあ構内の案内表示でも見ればわかるだろう。
少し歩いて駐車場に着いた時には22時を回っていた。天気がいいから屋根開けるか。ロールバーが見えるからあんまり好きじゃないんだけど、多分気持ちいいだろうからな。
通りに出ながら一応スマホのナビをセットし、母君に電話する為にLINEを開く。はて、御母堂のLINEの名前は……
いやめんどくせえ、LINEじゃなくて電話番号で掛けてやろう。
「Hey, Siri. 鈴木明子に電話」
〈……tututu, tututu, prrrrrrrrrrrr, prrrrrrrrrrrr, purrr〉
『なに』
「あ! 夜分遅くに申し訳ありませんこちら鈴木陽向さんのお母様のお電話でよろしかったでしょうか?」
『んっ! あれ? あぁ、太陽よね。びっくりさせんといてほんと』
声がマイクから離れたから、多分画面確認したな。またバカ娘が何かやらかしたのかと思ったのだろう。まあその通りではある。
妹が小学生の時大層苦労しただろうことが、これだけでも思い遣られる。まあそれを利用して悪戯をする自分も大概だが。
信号が青に変わったのでアクセルを踏む。
『……あんた今どこいんの、外の音がするけど』
「今新横浜駅に陽向を迎えに行ってるところ」
『はぁ!? 陽向そっちに行ったん!? チケットは? 荷物は?」
「知らんよ。こっちもほんの5分前に電話があって、迎えに来てとさ」
『はぁーーー。やれやれじゃねほんま。最近様子がおかしいとは思っとったけど。学校はどうするつもりなんかいね』
「さあ。まあもうすぐゴールデンウィークだから、下手したらそれまで居座るつもりかもね」
『はぁー、迷惑かけるね』
「まあ俺はいいけど。あー、少し生活費分の仕送り上乗せで欲しいかな」
『……あんたがチケット買ったんじゃないじゃろうね?』
「買ってない買ってない。買うなら最寄りまでのお金渡すわ」
『ふーん、まあいいわ。詳しくわかったらまた連絡して』
「あい」
『そ・れ・と。ゴールデンウィーク終わるまでに帰って来なかったら退学手続きするからって伝えといて』
「あいわかった」
『じゃあまた。夜道だから気をつけんさいよ』
「ん。じゃ」
〈プープープー〉
いぇーい。仕送り増えるマン。
でもトータル絶対マイナスだろうな。
とりあえずもうすぐ着くから妹君にメッセージ送るか。
(もうすぐ仕り候)>
<(よくわからないけどわかった)
確かに意味わかんねえわ。でも伝わればヨシ! まあ、こういう安易な言葉の陵辱が言語力の低下を招くのだろうけど。
篠原口のロータリーに入り、セブンの前を見るとそれらしき学生が立っている。あれか? いや、でもあの制服は間違いないな。……これは、本当に申し訳ないことをしたか?
あ、こっちに気付いた。
一瞬エフェクトが見えそうなくらいぱっと喜び、それを自覚したのかマダコのように茹で上がった。
相変わらずわかりやすい。
アレで学校ではクールキャラで通してるは無理があると思うが、事実らしいから驚きだ。はにかむような笑顔で駆け寄ってくる。
サイドを引き、ハザードを
ドアを開けて降りたのとほぼ同時に、小学生のようにその勢いのまま抱き着いてきた。これは相当溜まってたな。
「ただいま!」
「はい、おかえり」
「……ただいま」
「よくここまで来たね。長旅お疲れ様」
「うん」
「髪は?」
「切った」
「そっか」
「だって手入れしてくれる人いないもん」
「ごめんって」
「……うん」
腰下まで伸ば
何人かとは友達だが、連絡がなかったということは口止めされてた感じか。はたまた嫌われたとか。あとで訊いてみよう。
「荷物は?」
「見ての通り」
「じゃあ着替えとかは」
「ないよ」
「どうするの」
「かしてよ」
「下着とかは?」
「だからさ、お兄ちゃんパンツかしてよ」
「ブラはないけど」
「何、嫌味?」
「いえ。高校生にもなってブラが必要ないスレンダーなボディをお持ちで」
「そんなこと言いながら貧乳の方が好きなくせに」
「誰も嫌いだなんて言ってないさ」
「捻くれシスコンめ」
「……ほう」
「なに」
「お兄ちゃんが居なくなった事に耐えきれずまだ休みでもないのにサボって新幹線のチケットまで買って会いに来た超弩級どころの騒ぎではないスペシャルなブラコンは、どこのどなたかな」
「いや、チケットは」
「いや?」
「……ひなです」
「宜しい。じゃあ帰ろうか」
(コクコク)
助手席側に周り、抱き抱えていた陽向をそのままシートに降ろす。
「そこまでしなくてもいいけど」
「あ、そう? てっきり小学生かと」
「もういいやそれで」
シートベルトをしながらナビをセットし、ハザードを消してロータリーから出る。
「夜ご飯は食べたの?」
「や、まだ」
「何食べたい?」
「なんでもいい」
「めんどくさいこと言うなあ。確か通り沿いにかつやあったからそれでいい?」
「いいよ」
対向車なし。再び夜のドライブとなる。
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初めてのノンファンタジーですよろしくお願いします。
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