百鬼百夜恋物語~転生した踊り子は、鬼の猛愛と踊る~
木曜日御膳
第一夜『鬼王子と異聞の踊り子』
口上
私は、やっと、前世越しの今日を迎えた。
ゴツゴツとした地面に敷かれた
なんだか、星もいつもよりも一等輝いて見える。
それほどまでに、私は緊張と幸せで舞い上がっていた。
なにせ、前世から叶えたかった夢を、随分な紆余曲折を経て、この世界で実現するのだ。
今着ている着物——艶やかな絹の白地に桜の絵、金糸がふんだんに使われた川が描かれている——を、何度も日に焼けた手で撫でて愛でる。
枝垂れ桜の
どれも全て、皆で協力して作り上げたもの。皆の夢と、私の夢、
全て詰まった金色の帯と桜の帯締めの締まり具合も、全て嬉しい窮屈さだ。
浮かれる私の隣に、一人の男が座っている。
「愛しい
美しく強靱な白鬼は、私と同じ布の着物を着て、銀色の男帯を着けている。勇ましい祭り化粧をして、甘く優しく私の現世の名前を呼ぶ。
「
「ほら、まいすいーとはにー、我の腕の中へ」
「その呼び方は嫌」
「そうだったな」
慣れた手つきで私を抱きかかえると、足の跳躍力のみで枝へと飛び、高い木を軽々と上って頭頂部に立つ。
「よく見えるか、私たちの夢が叶うのだぞ」
促されるまま、彼の足下へと視線を向ける。
一人ならば足が竦み腰を抜かす高さだが、自分の抱える腕の勇ましさは、私に勇気を出させてくれる。
一面に生い茂る暗い雑木林。その合間に、爛々と数多の灯火が光る一本の道があった。
その神秘的な美しさに、私の口から感嘆がこぼれ落ちる。
「上から見るのも、特別であろう。我だけが見せれる光景だ」
春宵の言葉に、私は光から彼へと視線を向け直す。
自信に満ちあふれた桜色の瞳は、真っ直ぐに私を映していた。
「空飛べる人、何人か知ってるけど……」
「なっ! 愛しい一白に触れて良い
「ははっ、そうね。ありがとう、春宵」
春宵は私を強く抱きしめ、今度は木々を降りながら灯火の道へと飛び込んだ。
提灯や蝋燭、火の玉に照らされて、縦横無尽に蠢く異形たち。
普通の人間ならば背筋が凍るようなおどろおどろしい笑い声と、彼らが奏でる怪しげで楽しげな祭り囃子。
光の中にあったのは、まさにあやかしの祭りであった。
大太鼓小太鼓の拍子は力強く地面を揺らし、摺がねと鈴の鋭い金属音が生きるモノの鼓膜を射止め振り向かす。
竹笛や尺八は美しく旋律、三味線と琵琶は意気揚々、いや、
弾き手や、周りで忙しなく動く妖怪たち、すでに酒盛りをしている妖怪。十妖十色というべき個性たちが、皆私と春宵と同じ白地の桜の着物を着ている。少し違う点をあげると、彼らの背中側は、それぞれの趣向を凝らした様々は絵柄が描かれていた。それは彼らがそれぞれ選んだ柄で、同胞との絵や、豪華な鶴の絵、中には好きな酒の銘柄を背負っているものもいる。
その裏表の切り返しが彼らの動きに合わせて、ただの獣道を華やかに彩っていた。
「祭りはやはり酒じゃ酒じゃ!」
「こっちの隈取りをおねがいよ」
「おまんまも、たんまり用意してんで! めでてぇなあ!」
「帯を整えてもらってもええか」
「おいらの衣装はどこだ!」
「おまちになって!」
酒瓶を片手に飲む鬼の男、祭り化粧を頼むお化け提灯、おおらかに赤飯を配る小豆洗いに、帯締めを女幽霊にお願いするあまびえ様。
半裸のカッパは困ったように走っており、やれやれといった様子の、女衣装のがしゃどくろが衣装を持って追う。
なんと忙しく、騒々しく、楽しい世界なのか。
激しくなる鼓動と高揚する体温を感じながら、私たちは獣道に設置された大太鼓の前へと降り立つ。
「お、若様と
「はい、お願いします!」
声をかけてくれた大太鼓のバチを握った赤い大鬼は、私の返事を聞き、バチを太鼓の面へと振り下ろした。
ドンッ!
太鼓の轟音が祭りの主人公たちを呼ぶ。森の奥底まで響くような音に、妖怪たちは目を輝かせ顔を向けた。
向けられる先にいるのは、春宵と私。
「お主ら、そろそろ出発する! 百年越しだ! 派手に暴れて、ついでにあの恩知らずどもを驚かせてやろう!」
どんなに革を張り詰めた太鼓よりも大きい、威風堂々を体現したような声は、森を越え三千先の山を震わしてしまうと思うほど。
正に『王になる』に相応しい姿だ。全ての妖怪たちが、自分たちの次期王の姿に心を震わせた。
「皆さん! 私たちで、中央と間隔を決めるので、皆さんはそれに沿って、隊列通り並んでください!」
その横で声を張り上げる私。当たり前ではあるが、春宵に比べ滑稽なほどに威厳のない。けれど、ありがたいことに、妖怪たちは私の言葉に素直に従って隊列に並んでいく。
今までに、妖怪たちと結んできた絆が、この時を作り上げたのだ。
そうして、先頭の二人の後ろに四列の妖怪の列が出来た。
列には大きな神輿や移動式櫓も組まれており、隊列に並んだ妖怪たちの中には楽器を構えているものもいる。
団扇や、扇子、傘、提灯、旗、太鼓ならび様々な楽器を持つ妖怪たちもいる。
しかし、妖怪たちの大多数はある小さな楽器を両手に持っていた。
勿論、先頭に立つ二人も両手に強く握りしめる。
四角いしゃもじのような形をした白木の板、その両面には小さな木片が三本、まるで羽のようにぱたぱたと動くようになっていた。
皆、その鳴子を持って、今か今かと始まりを待つ。
しんっと静かなる刹那を、春宵は掴んだ。
「今宵、
太鼓の音よりも皆の心へと轟く彼の口上に、私の身体を巡る血はぞわりと沸く。
もう、向上が終われば、私の夢が始まるのだ。
「新生・百鬼夜行、永久に紡がれし
シャンッ。
皆、言葉に呼応するように両腕を天へと伸ばす。腕と手首の軽やかな動きに併せ、ぶつかり合う板と木片 の音は、まるで柔らかな鈴の音のような涼しげであり、人々の重なりも感じられる特別な音だ。
「第一夜『鬼王子と異聞の踊り子』」
春宵と私、それぞれの列が左右対称になるようにくるりと回る。
そして、私はそのまま地面へと跪き、春宵を見上げた。春宵は私へと手を伸ばし、二人の瞳ががっちりと合う。
妖怪たちによる祭り囃子が鳴り響けば、私たちや妖怪たちも音に合わせて、踊り叫び鳴子を鳴らす。
そう、これは私と春宵の出会いを込めた
「一白、愛しておるぞ!」
ふいに愛の言葉を叫ぶ春宵に、私はぎこちない笑みを返しながら踊り進む。
森の向こうには、今も無知のまま太陽に焼かれ続け死にゆく、私の故郷。
この世界を救うべく、夜を届けるこの踊り行列。
今日から百年も続く新生・百鬼夜行こと、百鬼夜行よさこいの始まりの物語である。
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