遅咲きの転生者、ここからは僕の人生です

@luna_ba_re

第1話 転生する


 生まれ変わるならどんな人生がいいだろうか。多分、人によるのだろう。僕はつまらない人間だから「平凡な人生でいい」だとか、欲をかいても「不幸にならない人生」だとか在り来りな回答をすると思う。正直言えば「大金持ちになりたい」とか「超絶イケメンモテモテ男子に生まれ変わりたい」なんて考えていたりする。言わないけどね。それは何故か? 簡単に言えば、有り得ないからだ。人にはそれ相応の結果しか付いて来ないし、僕の格はそれに値しない。⋯⋯そう思っていた。


「お兄様? どうしたのですか、ぼーっとして」

「え? あぁ、何でもないよ。ちょっと考えことしてただけさ」

「いくら明日に『心器』が貰えるからって、そんなぼーっとしてるとまたエリクお兄様に馬鹿にされますよ」

「ははは、気をつけるよ。ありがとうセレスト」


 庭のベンチで物思いに耽っていると綺麗なブロンドの髪を携えた僕の腹違いの妹、セレストがやってくる。母親に似た綺麗な目鼻立ちをしていて、贔屓目に見なくても誰もが美少女だと言うだろう。


「セレストは今日のお稽古は終わりなのかい?」

「はい。お兄様は今日何を? あまり顔色が良くないですけど⋯⋯」

「ちょっと勉強を頑張り過ぎちゃってね。だから気分転換に外に居たんだよ」


 僕はシモン。シモン・フォールだ。僕の母は妾で、僕が幼少の頃にひっそりと息を引き取った。両親は跡継ぎである僕の兄、エリクを溺愛しており、僕は完全に臭いもの扱いだ。母は平民だったらしく、むしろ普通に勉強をさせて貰える分有難い。

 有り得ないと思うかもしれないが、僕は転生者らしい。約5年前、10歳の頃に前世の記憶を思い出した僕の思いは「何故、自分なのだろうか」というものだった。前世の僕は本当に冴えない大学生だった。やりたい事を見つける為に大学に入ったは良いものの、ただ授業を受けては帰るという日常を繰り返す。確かにあの日、突然駅のホームから突き落とされた僕は、悲劇のヒロインだったかもしれない。しかし、あれはただの偶然で、僕の運が悪かったとしか言いようがない。多少むかつきはするが、過ぎてしまった事には変わりないのだ。


「えっと、私の顔に何か付いてます?」

「いや、セレストはいつ見ても綺麗だと思ってね。自慢の妹だよ」

「はぁ⋯⋯、そんなこと学園の方に言っちゃダメですからね! あっという間に落ちてしまいますから」

「ははっ、面白い冗談だね。僕なんかに言われても学園のご令嬢達は気にもしないさ。僕はあまりハンサムとは言い難いし、茶髪でくせっ毛だからね。よっぽど、エリクの方がイケメンだし僕なんか相手にもされないさ」

「どうして自覚がないのでしょうか⋯⋯。とにかく、くれぐれもそんな歯の浮くような言動は慎んで下さいね」

「わかったよ。そもそも、僕はそんな軟派な性格じゃないしね。さて、もう暗くなって来たし、中に戻ろうか」

「そうですね。お兄様も明日は成人式なのですから、ゆっくりお身体を休めて下さい」


 そう言って僕達は別々になって中に戻って行った。両親に見られればいい顔をされないだろう事は明白だし、セレストに迷惑は掛けたくない。

 僕の母は元々使用人だった。その事もあり、使用人達は僕の事を煙たがらない。なので僕はいつもは自室に夕食を持ってきて貰っている。と言うのも、両親がそれを望んでいるからだ。僕とは極力顔すら合わせたくないらしい。しかし、明日は成人式である。流石に今日は明日の説明があるらしく、今夜の夕食は同席する事になった。


 こちらの世界の成人式とは満15歳の少年少女が『心器』を授かり、大人の仲間入りをするという物である。この心器と言うのは「心の写鏡」とも言われるもので、人によって姿形は様々である。神話では神様が邪神を打ち倒す為に授けた武器だとされており、今でも神殿で儀式が開かれている。何故「心の写鏡」呼ばれているのか。それは、その人の在り方や方向性が心器の能力に現れるからである。信念の強さがそのまま心器の強さになる。


 転生してから約5年、僕は変わらなかった。いや、変われなかった。確かに記憶を思い出した時、シモンの境遇に憤りを感じた。元々身体の弱かった母を無理やり手篭めにしたのにも関わらず、本妻が身篭ったら邪魔だからと隔離し息子である僕にすらこの仕打ちだ。僕を蔑む両親を見て育ったエリクは当然の様に僕を蔑み、見えない所に何度もアザを付けた。憤りを感じない方がおかしい。


 けど、僕は弱い。身体的な意味ではなく、心が弱いのだ。それをこの5年間でしみじみと感じた。やり返し、反発して家を追い出されたらどうしよう。より痛めつけられる事になったらどうしよう。弱みを握られて、この先エリクの言いなりにならなくなったらどうしよう⋯⋯。そんな事を考えてしまって、とうとう変わる事は出来なかった。今を変えるという目標に対して、その重圧に心が耐えられなかった。

 どうして、僕がシモンに転生したのかを考える事がよくあった。きっと、シモンを救う為なんじゃないかって思ったんだ。だって何の罪のない子供がこんな環境で過ごすなんて、あまりに可哀想すぎる。


 夕食の席。僕と同じ茶髪の男が、僕を射殺すかのような眼光でこちらを見ている。いつもの事だ。父、エドモン・フォール伯爵からこの目を向けられるのは。使用人曰く、くせっ毛は母譲りらしいが金髪だったらしく、この茶髪は紛れもなくエドモンのものなのだ。


「シモン、やはりお前を見ていると虫唾が走るよ。だがそれも今日で最後だ。お前には成人式の後、すぐに王都の学園に向かって貰う。なに、私も鬼ではない。しっかり馬車の手配も、寮の手続きも済んでいる。拒否権はない」

「わかりました。ご配慮痛み入ります」


 僕の反応がつまらなかったのだろう。より一層眼光が鋭くなり、「ふんっ」と鼻息を鳴らし金髪の少年に目を向けた。


「エリク、お前は1度屋敷に戻ってから後日王都に向かう。荷物が多いと準備に時間がかかるからな」

「はい、父上。ところで俺もと同じ寮なのですか?」

「そんな訳あるものか。王都にはフォール家の別荘がある。エリクはそこを使うといい」


 腹違いの兄であるエリクは、ニヤニヤと嫌味ったらしく僕を見てくる。「どうだ? 俺は別荘だぞ?」と顔に書いてありそうな顔だ。セレスト程ではないが、エリクも中々の美形なのが更に僕の劣等感を助長する。勿論、義母であるマノンもニヤニヤと嫌味ったらしい顔をむけている。

 はぁ⋯⋯、やはり居心地が悪い。唯一の救いはセレストが僕に心配そうな目を向けてくれる事か。さっさと食べてこの部屋から出よう。


 3人の目を気にしないようにし、手早く料理を食べ終わる。僕は久しぶりに料理の味が分からなかった。

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