49 憂国戦隊ブンジンジャー登場のこと

 たちまち、人喰い虎は金玉に躍りかかって、その身を喰らおうとするのだった――が、虎はぴたりと動きをとめて、ぶつぶついいはじめた。


「……誰でもよかった。むしゃくしゃしてやった……いや、それじゃあ、何も考えてないみたいだな。

 今日、ママンが死んだ。太陽がまぶしかったから――悪くはないが文学的すぎるな。

 よし、こうしよう。『臆病な自尊心と、尊大な羞恥心』だ!

 近代意識の萌芽を感じさせ、かつ読者にも共感の念を起こさせるだろう」


 どうやら人喰い虎――李狷は、自分の殺人の理由をきちんと言語化しようとしているようだった。

 

「ま、まさかぼくを食べる気じゃないだろうね」


「そろそろ刺激的なシーンが必要だろう。荒廃した桃林、そしてむごたらしく喰われる美少年! 情景に花を添えられるはずだ」


 あわれ、李狷は虎となり果てた今でも、読者に何を伝えるか、どのような場面を用意するべきかという妄執にとらわれていた。


「ひいいぃぃっ!」

 金玉は大声をあげ、力を限りに逃げ出した。


「おいおい、なんだあの虎は?」

「金玉が殺されるじゃないか! ちょっとその剣を貸せ」

 肝油と申陽は、自分たちの争いより、優先して解決するべきことを見い出した。


 李狷は彼らを見て「うーん」と考え出した。


 ……あいつらが、槍か刺股さすまたでも持っていないかな。

 まっすぐな長い武器があったほうが、挿し絵で劇的な構図をつくれるじゃないか。

 そう、どの絵師さんがいいかな……。

 

 そして、いまだに挿し絵をつけてもらうこと前提で話を進めていた。


「――今だっ!」

 申陽は、ぼけーっと上の空な虎の首に、剣を突き刺した――が、その毛皮にはまったく刃は通らず、ぱきんと折れてしまった。


「こいつはなんだ。妖虎かっ?」


 李狷はその声を聞いて思った。

 そうそう、おれは妖虎だったのだ。それなりに行動しないとな。


 李狷は少しあとずさってから、できるだけ派手に跳躍して、申陽を組み伏せた。


 いったい、獣でも人間でも、もとは何かほかのものだったんだろう。初めはそれを憶えているが、次第に忘れてしまい、初めから今の形のものだったと思い込んでいるのではないか?


 李狷は哲学的なことを思いつつも、申陽ののど元にくらいついて、そのまま二、三度地面に叩きつけた。


「ああっ、申陽さん!」

 叫ぶ金玉の横で、肝油は恬淡てんたんとこういった。

「あーあ、ありゃ死んだな」


 そして「おっと。これじゃ金玉に冷たく思われるな」と感じて、こう言い足した。


「金玉、おれと一緒に逃げよう!」

「でも、申陽さんが」

「彼の遺志を無駄にするのか! さあ、早く!」


 あたりは血の海と化すかに思われた。

 ――だが、その時!


「待てえいっ!」


 すると、崖の上に――金玉は「あれ? この村にあんな切りたった崖なんてあったかな?」と思ったが――赤色のド派手な原色の着物をきて、赤色の冠をかぶった老人が立っていた。


「な、なんだ、きさまはっ」

 李狷は、間髪いれずに合いの手を入れた。


赤「科挙受験、連続落第三十年! 家庭教師をして貧窮のなか妻子を養う!

 生涯かけて書いたホラー小説は、死後十年たってからやっと刊行される!

 孤憤こふんの士、蒲松齢ほしょうれいだ!」


 そして、太極拳のような珍妙なポーズをとった。さらに、青色の衣をきた老人が横に現れた。


青「同じく、科挙受験、連続落第四十年だ!

 髪がまっしろになる頃に、ようやく裏口ルートを使って官吏になった!

 科挙受験参考書がベストセラーになったものの、私が書きたいのはそんなものではない!

 万年落第生にして、受験参考書のヒットメーカー、馮夢竜ふうぼうりゅうだ!」


 一度も文学賞を受賞しておらず、選考委員でもないのに『新人賞をとれる小説の書き方』本を何冊も出している作家のようなものか。


 他にも、黄色、黒色、白色服をきた老人が現れた。


黄「昇進したものの、流罪、流罪、また流罪! まさに人生は一炊いっすいの夢のごとしだ!

 今は豚肉レシピの開発者としてしか名が残っていない!

 皇帝からおまえ今日から出仕しなくていいよといわれたので、島流しされたド田舎で友人たちと楽しいスローライフを送ります――蘇東坡そとうばだ!」


黒「趣味は水滸伝の18禁二次創作小説を書くこと! 風俗描写とベッドシーンならまかせておけ!

 なのにこだわりまくった女性の衣服の描写が『うっとうしい』だと!?

 結局、ベッドシーン以外はとばし読みなんだな!――蘭陵笑笑生らんりょうしょうしょうせいだ!」


白「私は没落貴族としての経歴を活かして、重厚華麗な恋愛小説を書きあげた!

 三話目まではクソ退屈だが、四話まで読んだら、もう阿片のようにとりこになってしまう!


 だが私は執筆半ばにして病にたおれ、原稿は散逸し、後半はどこかの無能がまるまる別原稿をつけたした……。

 しかもその後半の原稿に合わせて、前半も一部改竄かいざんされてしまった……死ね! 死んでしまえ! クソ編集者とゴーストライターめ!――曹雪芹そうせっきんだ!」


 もはや名乗りだか怨嗟えんさだか、なんだかわからなかった。


「――とうっ!」

 彼らはいっせいにさけび、金玉の目の前に立ち現れた。

 どうやって崖の上からおりてきたのかわからないが、とにかくそういうことになっている。


 金玉は間近で老人たちの顔を見て「あれ、月見をしていたおじいさんたち?」と気づいた。


「国を憂え、タオを求めて、自由闊達な議論をかわす……五人そろって!」


 彼らは原色の衣をひらめかし、さらに五人いっせいにポーズをとった。


憂国ゆうこく戦隊! ブンジンジャー!」


 うれえてるのは、自分の前途ばかりのようであったが。


「ぬううっ、おれの桃林破壊作戦の邪魔をしようというのか!」

 李狷は決してたじろがず、話を進めていこうとした。


「ハッハッハ。いやー、貴君の思いはよくわかったよ。

 あまりにも先進的な作品は、同時代人には理解されないものさ」


 赤色レッドが、フレンドリーな様子で語りかけた。


「一時の流行に左右されるなど、バカらしいね。

 君のような士を探していたんだ。さあ、私たちと共に語り合おう!」


「……語り合ってどうするんだ?」

 李狷は、戸惑いながらたずねた。


「うーん、どうするってこともないが。

 空理空論をもてあそんで、酒をのみながらダラダラ哲学的な話をするんだ。

 そのうち面白いネタが浮かんだら、お題を決めて短編小説でも書こうじゃないか」


 その提案は、李狷にとってなかなか魅力的だった。


 ――人間だった頃は、己の傷つきやすい内心を誰も理解してくれなかった。

 己の毛皮の濡れたのは、夜露のためばかりではない。

 などと思ったこともあるからだ。

 がしかし……!


 以下、次号!

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