40 申陽は落花狼藉のふるまいに及ぶこと

 一行は村長のすすめにより、桃花村に一晩泊まってから、出立することになった。

「こんな呪われた土地に長くいてはいけない」というからだ。


 金玉たちは、村長の家の一室に雑魚寝することになった。


 申陽は暗闇で目を閉じたまま、じっと考え込んでいた。

 道義的には、村長に真実を告げるべきだ。

 そうでないと、この村は荒廃する一方だ。


 だが、懐にはワイロとしてもらった媚薬がある。

 ――使いたい。

 ただ、それのみである。


 金玉は自分を裏切った……だとしても、この薬を使えば、またこちらにメロメロになってくれるのでは?


 申陽が期待をこめて、眠っている金玉のほうを見やると……いない!


 ――おのれ、また二人でよろしくやってるのか!

 申陽は怒り心頭で起き上がったが、肝油はすぐ近くで、ぐうぐうといびきをかいている。


 金玉、どこだ……?


 *


 金玉は月光のさす桃の林で、兎児とおしゃべりしていた。


「ねえ、兎児くん。

 この村って、西王母さまの農園なんでしょ? もしかして、ここにいれば天界のお役人がやってきて、兎児くんは月に帰れるんじゃないの?」


「そんなこと、アテにならないピョン。この荒廃っぷりを見るピョン。

 お役人が何もしてない証拠だピョン」


「そうなんだけど……」


「天界のお役人なんて、けっこういいかげんなんだピョン。

 あの村長さん、お役人にワイロをあげなかったんじゃないのピョン?

 だからいじわるされてるのかもピョンよ?」


 相変わらず、兎児はうっとうしい口調でしゃべっている。


「そんなことより、金玉は肝油と申陽、どっちを選ぶんだピョン?」

 兎児は、本作のメインテーマに切り込んできた。


「ど、どっちって……」

 金玉は恥ずかしそうにうつむいた。


「肝油と口づけしたピョンね? 肝油にするピョン?」

「その、きらいじゃないんだけど……」


 すっぽんの妖怪から助けてくれた時は「肝油ってやさしい……この人なら、いいかも……」と思った。


 だが、その後肝油に「なあ、いいだろ?」と誘われても気乗りせず、断ってばかりいた。

 どうしてだろう? 肝油はかっこいいのに。

 ぼく、ほんとに肝油のことが好きなのかな……?


 金玉は肝油のことを憎からず思っていた……だが、自分でもよくわからない理由で、前へと進めなかった。


「じゃあ申陽ピョン? 素直になれないってやつピョン?」

「申陽さん……う~ん……」


 申陽はやさしい。だが性欲が強そうだ。彼のやりたい発言をきくと、ひいてしまう。めちゃくちゃにされちゃうかも。


 そして、もし申陽が自分に飽きたら?

 ふわふわの毛皮はよさそうだけど、彼も一夜明けたら、動物たちのように去っていってしまうかもしれない……そんなのやだ!


 金玉は獣のような男を前にして、童貞らしく脅えるのであった。


 もし彼が心変わりしてしまったらと思うと不安で、「やりたい」に「やろう!」と返事できなくなっているのだ。

 

「もう! どうしてそんなに煮え切らないピョン?」

 ――やはり聖童貞だからであろう!


 金玉は、月を見上げて物思いにふけろうとしたが……。

「えっ、満月?」

 空には、こうこうと輝く満月がかかっていた。


 どうして? まだ半月にもなっていなかったはずなのに。


 ――桃源郷では、俗界とは時間の流れがちがう。これSF界の常識なり!


 *


 申陽は、金玉を探して桃の林をさまよっていた。


 ――金玉は月光の下で、兎児を側に置いて座っていた。

 ああ、金玉……やはり君は美しい。

 

 その尊いぎょく(=宝石)が、泥中に落ちて、白濁した何かにまみれてしまったであろうことは、今はつらいから考えないことにした。


「金玉、眠れないのか?」

「し、申陽さん……!」

 申陽が話しかけると、金玉はびくっと体をふるわせた。

 その脅えた様子に、申陽の心は少なからず痛んだ。

 

「何もしないよ。少し、話をしないか?」

「う、うん……」

 申陽は、金玉の隣に座った。


「美しい村だね」

「でも、村の人たちは大変なことになってるよね……」

 ぜんぜん、ロマンチックに雰囲気になりそうにもなかった。


 二人の間に、沈黙が訪れる……。


 申陽は少しためらったあと、こういった。

「金玉は、肝油が好きなのかい?」

 

 悩んでいても仕方がない。

 まずは、金玉の気持ちを確かめよう。

 それで無理なら、媚薬を捨てて、村長に真実を告げよう、と。


 それは冷静な態度であるかのように思えた。

 だが……。


「好きっていうか、その……」

「金玉の気持ちが固まったのなら、私は身をひくよ」


「うん……」

 金玉はうつむいて、兎児の背中をなでている。


「どうなんだい」

「肝油のことは、嫌いじゃないんだ。でも……」

 金玉は、なぜ己が肝油に身を任せられないのか、自分でもわからなかった。

 助けてくれて、感謝しているのに。

 

「いいんだ……正直にいってくれ」

 申陽は「非童貞が、今さら何をもったいつけてるんだ?」とイライラした。


 ――ぼく、どうして肝油を愛せないんだろう?

 自分の気持ちがわからない。

 困った金玉は、その話題を終わらせようとした。


「も、もう、こんな話はやめない?

 ぼくたち、子授けの薬を探すために旅しているわけだし……。

 今は帝のために働こうよ。ねっ?」


 だがその返答は、申陽をめたくそ苛立たせるものとなっていた。


「金玉! きみは残酷だ……私の気持ちをもてあそんでばかり!」


「だって……申陽さんは、満月の呪いにかかってるだけだよ!

 本当はぼくが好きじゃないんだろ!

 どうせ、満月が終わったら、ぼくの元から去っていくんだ……」


 金玉は心の奥底で「ぼくは満月の呪いがなければ、誰からも愛されることはないんじゃないか?」と不安になっていた。


「肝油は、ぼくが童貞のままでもいいって言ってくれたんだよ!」

「だから……肝油を好きになったと?」


「そうじゃないけど……もういいじゃないか!

 なんだよ、申陽さんはやりたいやりたいって、そればっかり。どうせ体目当てなんだろっ。

 ぼく、村長さんの家に戻るから!」

 金玉は立って、申陽から離れていこうとした。


「待て、待ってくれ! 金玉、これだけは教えてくれ……あいつとやったのか?」

 申陽は「貫通して熱いものを受け止めておまえも達したのか」と尋ねている。


「そうだよ、やったさ……」

 金玉は「触れるだけの口づけをした」という意味で言い、さらに続けた。


「ぼくのほうから誘ったんだ。肝油はわるくないよ!」

 これは、自分が思わず肝油に抱きついたことを指している。


 ――申陽は、すぐに死をおもうた。


 かつて私は、君の美しい姿を一目見た途端に、たちまち夢中になってしまった。

 そして、君とひとつ屋根の下で暮らす経験をした。

 さらには、共に旅をして何度も満月を迎えた。


 今まで私が君を思って、夜にどんな所行をし続けてきたか、それは到底語るに忍びない。


 しかし、何故こんなことになったのだろう。

 わからぬ。

 全く何ごとも我々にはわからぬ。

 私は単なる当て馬役だったのか。

 理由もわからずに押しつけられたものを大人しく受け取って、理由もわからずに生きていくのが、我々生きもののさだめ……なのか?


 時、折しも満月である。

 飢えた虎の前に、一匹の兎がぎるの如くであった。


「金玉……!」

 申陽は金玉を背後から抱きしめた。

「やっ、なにっ……」

 これまで人として紳士的な態度をとってきたが、そんなものクソくらえだ。

 心が手に入らないのなら、せめて体だけでも……。


「やだっ、離して……ああっ!」

 申陽は、金玉を桃の花びらの上に押し倒した。


「申陽さん、やめてっ」

「あいつにはやらせたんだろうが! 今さら童貞ぶるな!」


 ――私は君をろうて何のくいも感じないだろう。

 

 申陽は獣性のおもむくままに、金玉を胸の下に組み伏せるのであった。


 以下、次号!

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