9 金玉は山賊たちに嬲(なぶ)られるのこと

 ひとり、小屋に残された金玉は考えた。


 自分は山賊に誘拐されてしまった。

 が、親分と結婚すれば、いずれ里帰りもできる。


 ……それしかないんじゃないかなあ。


 だが、十六まで守ってきた貞操を、盗賊ふぜいにくれてやるのは惜しいような気もした。


 外から、笑い声が聞こえてくる。


 金玉は、そっと宴席をのぞいてみた。

 荒くれ男たちが、火を囲んで愉快そうに過ごしている。

 男「たち」だ。複数形だ。


 ――そういえば……もしこの状態で満月になったら、どうなっちゃうのかな?


 ぼくは満月になると、男をムラムラさせてしまう呪いにかかっている。


 今は恬淡としている男たちが野獣のようになって飛びかかってくるだろう。

 そしてぼくは丸裸にされるだろう。

 さらには次から次へと、ラーメンだか冷やソーメンだか、そんなものを浴びせられて、やんややんや拍手喝采な状態になってしまうのではないか?


「……いやっ、こわいっ!」

 金玉は処女のごとく脅え、脱兎のごとく、山林に飛び出していった。



「あのー、親分」

 夜目のきく子分が、肝油をちょいちょいとつついた。


「なんだ」

「嫁さんが、逃げ出したみたいなんですけど」


「なんだよ、もう! あんなに礼を尽くしてやったのに!」


「そりゃあ、イヤでしょうよ。

 あいつだって男なんだから、女がいいに決まってますよ」


「そんなことはない!

 金玉は男に愛されるために生まれてきた男だ。おれにはわかる……!」


 なぜならBL小説の主人公だから……!


「おい、おまえ、ついてこい!」

 目の良い男を連れて、妻を探しにいった。


 

 ――新月のまっくらやみの中で、鬼ごっこがはじまった。


「金玉、待て!」

「うわわっ……」


 金玉は悪漢の手から逃れんとして、山中をやたらめったらに逃げ惑った。


 もはや、自分がどこからきたのか、自分が婿なのか嫁なのか、自分がどこへいくのか、何もわからない。


 ますます山奥に入っているような気がする。


 金玉は、袋小路に行き当たった。

 この文章で「は、」を飛ばして読んだ読者は、きっと夏バテで神経が衰弱しているのであろう。


 目の前に、断崖絶壁がそそり立っている。

 この壁をよじのぼるなんて……無理だろうなあ。


 そう思った時、背後からガサガサッと茂みをかきわける音がした。


「――我が花嫁、捕まえたぞっ!」

「うわっ」


 金玉は、肝油に羽交い絞めにされた。


「さあ、もう追いかけっこは終わりだぜ」

「はいはい。じゃあ、そのまま押さえておいてくださいね」


 後からやってきた子分が、縄をとりだした。


「いや、待て……天の声が聞こえる」

 肝油は、いきなり心霊的スピリチュアルなことを言い出した。


「そうか……わかったぞ!」

 そして肝油は、地面に金玉を押し倒した。


「いたいっ!」


「おい、おまえ、腕をおさえてろ」

「はあー?」

 子分は首をかしげながらも、言われた通りにする。


 肝油は、金玉の片足をつかんで、のしかかってきた。


「な……なにするんだよっ!」

 この態勢、このシチュエーション。

 答えはひとつしかない。

 

「無理強いはしないって言っただろ!」


「いいか、金玉。これはおれたちの愛にとって必要なことなんだ!」


 そして、そわそわと帯をときはじめた。


「まず冒頭で一発、世界観とキャラを説明しながら一発、事件と謎を提示して一発、当て馬を登場させて一発、キャラクターの心のあやを描き、事件を解決しながら二、三発、ってところだな。 

 そしてクライマックスでは、ここぞとばかりにラブエッチ♡ だ!」


「なんの話なんですかい?」

 子分は、金玉の両腕を頭の上で縛りあげながら問うた。


へんしゅうぶは、ドキドキハラハラする展開を求めておられるのだ。

 ここまで何もなかっただろうが! そんなヌルいことじゃ通用しねえ。

 そろそろ一発、キツイのをぶちかまさないとな」


「明るくさわやかなもので、いいんじゃないですかねえ」


「わかってねぇな! ハァハァムラムラする要素が必要だってことだ!

 もっと行間を読めよ!」


 ――おそらく、それは誤読であろう。


 だが肝油は、おかまいなしに金玉の花婿衣装を引き裂いた。


「や、やめろっ!」

 金玉の、海棠かいどうの花のような、ピンク色の乳首があらわになった。


「さあ、今日がおれたちの結婚記念日だ」


「やだっ……もう逃げないから……いやだあーっ! お母さまっ、助けてぇーっ」

 闇夜に、金玉の悲痛な悲鳴が響き渡った。


 彼はこのまま、落花狼藉の憂き目にあうのであろうか?


 ――待て、次回!

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