5 金玉は輿(こし)に乗って婿入りするのこと

 両親は息子のために、八方手を尽くして、良縁を求めた。

 そして……。


「金玉、おまえもそろそろ年頃だ」

「あなたにぴったりのお相手を見つけてきたわよ」


 金玉は、自分の結婚が決まったと聞いた時、天にも昇らんばかりの気持ちだった。

 どんなにステキな人なんだろう!


「もしかしたら、万が一、あるいは……いや、わからんが……」

「これであなたも、呪わしい運命から解放されるでしょう」


 両親は、よくわからないことをいった。

 彼らは「童貞喪失すれば、嫦娥じょうがの呪いがおさまるかもしれない」といっているのである。


 だが、そんな根拠は何もなかった。

 母親がただ一人でそう主張しているだけである。


「じゃあ、ぼくのお相手はどこにいるの?」

「それは、山二つを越えた先だ。おまえはそこに婿入りするんだ」


「へえ、婿入りですか。まあ、べつにいいですけど」

 この時代、親の決めた結婚をするのは当然のことであった。


「心配いらないよ。お相手はとびきりのお金持ちマダムだからな。

 おまえは一生、薔薇色の人生ラ・ヴィ・アン・ローズだ」


「そういうものなの?」



 ――かくして金玉は、家を離れて婿入りすることになったのである。


 彼は新月の日に、華やかな婿入り衣装を着て、力持ちの侍女たちがかつぐ輿こしにのりこんだ。


「お父さま、お母さま、お元気で!」


「金玉よ、幸せになるんだぞ!」

「お母さまが渡した本をちゃんと読むのよ!」


 香月は、金玉に「結婚に必要なことを学んでおきなさい」といって、本を渡したのだ。


 金玉は輿のなかで、それを開いてみた……。


 その本は香月が「全年齢向けで健全なもの」と規定して書いた、初夜のハンドブックであった。


 がしかし、やはり作者の不健全さゆえであろうか。


 手があっちへ伸び、足がこっちへ投げ出され、いろんなところが絡み合った様子は、とても健全な内容とはいえなかった。


「な、なんだこれ……お母さまは、ぼくにこれを読めというのか……」


 金玉は良家に育ち、父母のいうことにはとても素直に従っていた。

 そして金玉の体質を心配した両親から、純潔教育を受けていた。

 

 ゆえに、金玉は身も心も清らかにして育った。

 なにしろ聖童貞せいどうていなのである。

 こんないかがわしい書物にふれるのは、はじめてだった。


「でも、読まなくちゃな……」

 金玉は頬がカーッとほてりながらも、ページをめくっていった。


 本の後半部分には、男同士のやり方と女同士のやり方も、微に入り細を穿うがち、ぴったりフィットして、すべてがあますところなく、懇切丁寧に記されていた。


 さらには「ふたなり」についての記載もあった。

 この世には男の体と女の体をあわせもった者がいる。


 ウサギ耳をつけた男ふたなり――男の体がベースになったふたなりという意味だ――の神がいて、その名は兎児神とじしんというのだ、うんぬん……。


 そんなことを書く必要は何もなかったが、やはり書かずにはおられなかったのだろう。自分の趣味だから。


「……うわっ、へえ……そうなんだ……」


 金玉は輿のなかで、酔いも忘れて夢中で本を読みふけっていた。


 香月は、自分の若かりし頃の活動は、ひた隠しにしていた。

 そのため金玉は、まさか母親がこの煽情的な冊子を書いたなどとは、つゆほども想像していなかった。


 いつしか金玉は、身の内に春の目覚めを感じることになっていった。

 ――母親の書いた本によって。


 新雪のように真っ白で清らかだった金玉の心は、どす黒い墨汁によってけがされていくのであった……。


 以下、次号!

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