2 母は金玉の身の上を案じるのこと

 満月の夜、侍女がばたばたと部屋にやってきた。


「奥様、奥様、賊でございます!」

「なーに、またなの」


「ひっ捕らえてございます」

「それじゃあ、顔を拝みにいきましょうか」


 香月はやれやれとため息をついて、椅子から立ち上がった。


 賊――いたってふつうの若い男だ――は、縄でぐるぐる巻きにされて、床に転がっていた。


 この家の使用人は、全員女だ。そして、力持ちのいかつい女ばかりだ。ひげが生えている者もいた。


「やめてくれ! あんたたちには用はないんだ。おれにはわかる。わかるんだ。きっと、この家には運命の相手がいるって……」


「奥様、いかがいたしましょう」

「明日になれば、正気を取り戻すでしょう。そのまま縛っておきなさい」


「お母さま、なんの騒ぎですか」

 奥から現れたのは、白い肌にまっくろな髪、つややかな唇、花のかんばせを持つ、ほっそりとした貴公子(♂)であった。


「おお、マイスイートハニー、結婚してくれ!」

 縛られた男は、口から泡を吹かんばかりにして絶叫した。


「うわっ、まーた男ですか」

 貴公子は、イヤそうに眉をしかめた。


「えーい、うるさいわね。川に捨ててきなさい!」

「ははっ」

 侍女たちは、よっこいしょと男をかつぎあげ、さっさと運んでいった。


「金玉! 満月の夜は、座敷牢に閉じこもって、内側からカギをかけておきなさいと言ったでしょう!」


「大丈夫だよ。ぼくだって男なんだから」


「ああ、なんたる慢心なのかしら。そんなことじゃあ、自分の身は守れなないわよ。『へっへっへ、おまえが金玉か。ノコノコ出てきやがって』――そして十六頁は続く陵辱シーンよ!


 第二話ではさらに登場人物が増えてるのよ! 三十二頁の増刊号よ! そして作者がつくった同人誌では、娼館に売られて犬の相手をさせられるのよ! ああ、たいへん、たいへん! 私のかわいい金玉が……」


 香月は、袖で顔をかくしておいおいと泣いた。


 母の切なる願いゆえか、金玉は満月の夜になっても発情しなかった。体をもてあまし、自分から男を求めてさまようということはなかった。

 それはよかった。


 が、しかし……。

 金玉は幼い頃から、満月の晩になると、雄犬や雄猫が、寝台に忍び込んできた。

 そして十六になった今では、近在の若者が次々と夜這いにやってくる。


 金玉の貞操は、いまや風前のともしびである。


「やはり、このままではいけないわ」


 以下、次号!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る