Traveling

獅子吼れお🦁Q eND A書籍化

Traveling

「まあ、いいじゃんか。楽しかったじゃんか。そんな顔すんなよ」

 飛行機の隣の席で、吉田は小さな声で言った。サークルの旅行で沖縄に行った、帰りのことだった。

 他のメンバーたちは、皆遊び疲れたのか、眠っているようだった。機内には、ごお、というホワイトノイズのような音がずっと鳴っていて、僕も幾分眠気を誘われていた。

「……ちょっと眠かっただけだ」

「いや、明確にふてくされてたね」

 吉田は僕の肩を、冗談めかせて軽く抱いた。

「お前のせいでもあるんだぞ」

「責任転嫁はよくないぞ、室内むろうち

「お前がイケるって言ったんだ。ナツは今フリーで、僕の印象もいいって」

「確かに言った。俺だって、大事な友人がフラれるところが見たくて、情報提供したわけじゃあない」

「……」

「……」

「本当は?」

「どっちに転んでもオイシいと思ってた。事実、フラれたあとのお前の落ち込みっぷりは、めちゃくちゃおもしろかったし」

 僕はため息をついてみせる。

「いや、俺だって7:3ぐらいでイケると思ってたんだよ、これはマジの話」

「どっちが7?」

「フラれるが7」

「最悪」

「告白しなきゃ10:0だったんだぞ?背中を押してやっただけありがたいと思えよ」

「それは多少あるけど」

「まあ、段階を飛ばして告白しなきゃいかんような時点で、もとから望み薄だったけど。みんなもっと丁寧にやってんのよ、物事を」

 告白は本来関係性を確認するだけの行為で、段階を飛ばして付き合える一発逆転イベントではない、という、ネットでよく見るタイプの言説か。

「でもさ」

「まあね」

 それでも、これが大学最後のサークル合宿だったのだから、仕方ないだろう。来年、ナツは地元に戻って就職する。

 飛行機が飛んでいることを知らせるような、継続的なノイズが、僕らの沈黙を埋めた。

「ま、よかったじゃん」

「何が」

「合宿自体は楽しかったわけでしょ」

「まあ」

「楽しかったよな」

 吉田がスマホのアルバムを開く。なんということはない、大学生のサークルの夏合宿らしい写真が並んでいる。合宿といっても、特に全員でなにかの練習をしたりするわけではないのだが、それでもなんとなく、サークルでの旅行は合宿、ということになっていた。

「ほら」

 吉田が拡大したのは、水族館に行った時の写真だった。

 僕と吉田が水着でイルカといっしょに写っている。二人だけだ。

「これもさ」

 僕は唇を突き出した。

「本当はナツがいきたがったから、コースに入れて、俺も申し込んだのに、あいつ。『そんなこと言ったっけ?』って」

「あー、まあな」

「ていうか、他のやつらもノリ悪いんだよ。イルカだぞ、イルカ。イルカが触れるのに、誰もやらないとか」

 イルカはとてもかわいかった。少し魚臭かったが、人懐っこく、表面がキュッキュしていた。ナツがいっしょにいたらもっとよかったと思う。

「そんで、よりによってお前と二人きりで」

「一人じゃなくてよかったろ?」

「ギリよかったけど」

 飛行機が少し傾いた。窓のブラインドを上げると、眼下には東京の明かりが、点描のように広がっていた。

 動いている光は、道路を走る自動車だろう。海の上にぽつぽつと光っているのは漁船だろうか、それとも船を誘導するための何かだろうか。陸地にある光も様々で、特にスタジアムやスポーツのコートを照らしているらしい、白くて大きな光が目立った。

「おー。あれ、ディズニーランドじゃん?」

 吉田が少し身を乗り出して、夜景を見下ろした。確かに、窓の端っこにはシンデレラ城(だっけ)が見えていて、花火が上がっている。

「この高さから花火が見えるなんて、ラッキー」

 そんなことを言いながら笑っている。

「……飛行機から、こうやって小さな光を見てるとさ」

 僕はなんとなしに呟いた。

「あの動いてる車のライトとか、電車とか、マンションの明かりとか、ああいうのに全部、それぞれに人がいて、生活を送っているって思うと、少しぞっとする」

「え、なんで」

「なんでだろうな」

 確かに、なぜだろう、と僕も思う。きれいな夜景なのだから、単にきれいでいいはずなのに。

「うーん」

 吉田も少し考え込み、彼らしくないマジメな顔で続けた。

「意味が失われるから、とか?」

「意味?」

「例えば、あの動いてる車のうち一つは救急車で、今にも死にそうな人と、その家族がいっしょに載っていて、家族が励まし続けているかもしれない。逆に、あそこに見えるマンションっぽいのの明かりの一つでは、子供の誕生日会で幸せいっぱいかもしれないし。ほら、あそこ、お台場。あそこのたっけータワーの上の方では、誰かが誰かにプロポーズしているかもしれない」

 あ、観覧車だ、と言葉を切って、吉田はスマホのカメラで窓の様子を写真に撮った。僕は、彼の言葉に多少納得がいった。

「その明かりの下でどんなことが起こっていようと、誰がどう思っていても、この高さから見ると、それらは全部ただの小さな点でしかない。自分たちだって同じだ。どんな気持ちで、何をしていようと、究極的には光の点の一つでしかない、そう扱われうる、ってことは、確かにちょっと怖いかもな」

 僕は、以前読んだSF小説を思い出した。主人公は宇宙を命がけで旅して、最後にたどり着いた星で、その旅が、宇宙船の部品であったネジをその星に届けるためだけに仕組まれたものだと知る。ネジ一本のためだけに、主人公の運命は操作されていたのだ。あまりにもひどすぎる話で笑ってしまったが、これも主人公の人生や命がけの旅の意味が失われる、ぞっとする話だ。

「昨日お前がフラれたあと、ヤケっぱちでぶちあげまくった手持ち花火も、飛行機から見たら小さな光だったかもな」

 僕は無言で吉田の肩を小突いた。吉田は声を抑えて笑った。

「人生、そんなもんだよ。どんなイベントも、誰と過ごした時間も、後から振り返ったら、なんだかんだ、楽しかったなと思える光景の、意味を失った光の点の一つでしかないわけだ」

 吉田は少しさびしそうな顔をした。その理由はよくわからなかった。

「……慰めてるなら、慰めてるなりの顔をしろよ」

「いやあ、夏休みが終わるな、と思ってさ。俺達のモラトリアムもここまでか」

「いや、お前単位ギリだろ。ちゃんとモラトリアムおわれるようにガンバらないとでしょ」

「嫌なこと思い出させるなよ」

 不意に、飛行機のアナウンスが流れた。当機はまもなく、着陸態勢に入ります。確かに、東京の明かりが見えたなら、着陸が近いのも道理だ。

 旅行が終わり、僕らは地面の上の生活に帰る。飛行機の上から見たら、きれいな光の点にしか見えないだろう、日々の営みの一部に回収される。

 吉田の言うとおりだ。確かに、結局ナツとは付き合えなかったし、この先もきっと物理的に距離が離れて疎遠になるんだろう。大学を卒業したら就職だし、これが最後の夏休みで、あと少しするとそれも終わる。

 でもまあ、それも、なんだかんだ良かった、になるんだろうな。

「また二人でいくか?水族館。こんどはシャチ触りに行こうぜ」

 吉田が聞いた。

「ぜったいやだ」

 僕は答えた。

「だよな」

 吉田が笑った。

 飛行機は高度を落としていく。滑走路の誘導灯がどんどん近くなる。光の点にしか見えなかったものが、空港の形を取り戻していく。

 ぜったいやだ、は言い過ぎだったな、と思って、耳をキーンとさせながら、僕は吉田に言った。

「飲みに行くとかならいいよ」

「お、じゃあ来週にでも?お前の失恋話をサカナに」

「ちがくて、これからもさ」

「ああ、そういう」

 吉田はまた笑って、何か言った。飛行機が着陸する音で、うまく聞き取れなかった。多分、『そういうのはいいよ』だったと思う。

 飛行機が勢いを強引に殺し、着陸する。着陸が無事に終わって、機内に流れていた緊張が少しほどける。さすがにサークルの他のメンバーたちも起き出して、ざわざわしながら荷物をまとめ始める。いつもの、旅の終わりの光景だ。

「じゃ、行くか」

「おう」

 僕たちはバッグを担いで、飛行機を後にした。空港の発着場は明るく、飛行機の窓からは星が見えなかった。




 

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