第5話

   

 誰もいないと思っていた山の中だ。

 ゾッとしてもおかしくないシチュエーションだが、それよりも先に私が感じたのは、気恥ずかしさだった。

 そもそも「誰もいない」つまり誰にも聞かれないと思っていたからこそ、おかしな歌を歌っていたのだ。

 それを聞かれたのであれば、本当に恥ずかしいではないか!


 ハッとして振り返った途端、ガソゴソという木々の音も耳に入ってくる。

 そちらに視線を向けると、ちょうど山の木々を分けって、子供が出てくるところだった。

 白いシャツに、スカートっぽい形状の半ズボン。麦わら帽子を被った、四歳か五歳くらいの女の子だ。

 目元に手をやっている仕草に加えて、頬を伝わる涙もはっきりと目視できた。どうやら泣いているらしい。


「お嬢さん、どうしたの?」

 なるべく優しく声をかけてみたのだが、子供は突然、キッと表情を険しくする。

「お嬢さんじゃないよ! 僕、男の子だよ!」

「これは失礼」

 おどけたような口調ながらも、謝罪の言葉が反射的に飛び出した。

 他人事に思えなかったのだ。

 もうすっかり忘れていたけれど、そういえば私も小さい頃、何度か女の子に間違われた。母が洋裁を趣味としていた関係で、手作りの洋服が多かったのだが、それらがほとんど女物おんなものみたいな色や形だったらしい。

 それこそ目の前の子供と同じように、はたから見たら「スカートっぽい形状の半ズボン」みたいな感じだったのだろう。


「それじゃ、改めて坊やに質問だ。一体いったいどうしたんだい? 何か困ったことでもあるのかな?」

「ええっとね、今日はパパもママも忙しくてね。だから一人で遊んでたんだけどね……」

   

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る