第18話 財宝のありか⑧


「え? どうしてノックスが、僕らの馬車に乗っているの?」


 月明かりの下で首を傾げる僕に、訳知り顔で何度も頷くノックス。


「あんたらが居ないことが分かれば、ワイズさんは放っておかない。逃げるなら今のうち。だからここに来たんだろ? なに、御者は俺に任せておけよ」


 と自分の胸を叩く。ふーむ、まあ、ノックスが言っているのは事実だ。僕がここを潮時としたのは、絵のことを問い詰められるのが面倒だったから。また軟禁されるような羽目にも会いたくはない。


 けれど同時に、ノックスをそこまで信用している訳でもない。

 

 僕が少し迷っているのが、レルタとセレネに伝わったのだろう。


「排除いたしますか?」

「すぐに済む」


 淡々と言う二人。闇に光るその視線にに慌てたのはノックスだ。


「ちょ、ちょっと待ってくれって。悪意はないんだ。約束する。詳しくは後で話す。な、まずはここから移動するのを優先しないか? な、頼むって」


 小さな声で必死に懇願する様は、少しばかり僕らの笑いを誘い、その場の空気がわずかに緩んだ。


「ちなみに、御者を買って出たってことは、どこに向かうのか決めているのかい?」


「ああ。やってきた方向とは逆に、身を隠せる場所を知っている。そこへ行こうと思う。一晩も様子を見ていれば、ワイズさんも諦めて帰るはずだ。そうしてから改めてゆっくり出発すればいい」


 そうか。ワイズ達がわざわざ探しに来るとは想定していなかった。それにどのみち、僕と双子には、この辺りの土地勘がない。


 ノックスと目が合う。真剣で、どこか切迫している。ま、任せてみるのも良いかもしれない。


「分かった。ノックスに頼もうか」


「そうこなくっちゃな。それじゃあ、お三方。早く馬車に乗ってくれ。目立たないように出発するには、それなりにコツがいる」


 僕らが馬車に乗り込んだのを確認したノックスは、言葉の通り、慎重に、素早く、馬車を出発させたのである。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 一刻ほどかけてノックスが連れてきたのは、少し広めの洞窟だった。


「よくこんなところ知っていたね」


 僕が内部を見渡しながら口にすると、ノックスは地面を指差す。


「俺がぶらぶらしている時に、別の旅人に教えてもらった。ちょっとした避難場所としてな。ほら、そこに焚き火跡がある。幸い、前の奴が使った薪がまだ残っているな。利用させてもらうとしよう」


 言いながら、テキパキと火をつける準備を始めるノックス。その言葉には矛盾がないように思う。


 僕ら旅人は、こういった場所を、貴重な財産として共有するのだ。


 火が起こるとすぐに、レルタがいそいそと夕食の準備を始めてくれた。その間セレネは、僕のそばから離れようとしない。


「お、うまそうだな」


 レルタの作るスープを覗き、ノックスが口にする。けれどレルタはにべもない。


「あなたの分はありませんよ?」


「そんな!?」


「逆になぜあると思ったのですか?」


 ガックリと肩を落とすノックス。少し可哀想になったので、僕から口添え。


「ノックスもここまで頑張ってくれたし、夕食も一緒に摂ろうよ」


「フェルメ様がそのようにおっしゃるなら、文句はありません」


 無事にレルタから許可が降りて、僕らは焚き火を囲んで夕食を共にする。


 今日のメニューは、テオテラの干し肉とエレナ草のスープ。それにパン。


 テオテラの干し肉料理は、旅人の定番中の定番。煮込むと繊維がほろりと崩れ柔らかくなる、この食感は他の干し肉では得られない満足感だ。


 ただ、少し香りにクセがあるので、香草で煮込むのを推奨される。エレナ草は比較的簡単に採取できる野草なので、この組み合わせもまた、旅人のお馴染みである。


「沁みるねぇ」


 僕の言葉に満足そうなセレネ。そうしてお腹が落ち着いたところで、僕は改めてノックスに問うた。


「で、どうして僕らについてきたの?」


 ノックスは鼻先をかくと、少しだけ焚き火を見る。それから、


「……実は、あんたを、いや、フェルメを見込んで頼みがあるんだが……俺を雇ってくれないか?」


「「却下」」


 即座に拒否する双子。


「いや、早いだろ!? っていうか、お前らも雇われてる側だろ!? せめて理由くらい聞いてくれよ!」


 必死なノックス。冷めた双子。僕は苦笑しながら眺めるしかない。


「うーん、僕とレルタやセレネは、厳密には雇用主と従者って関係じゃないんだ。ちょっと複雑なんだけど……」


「え? だけどメイドなんだろ?」


「そこも色々複雑でね。はっきり言えることは、この二人がメイド姿なのは半分以上、本人達の趣味です」


 僕が断言すると、二人が口を尖らせて抗議。


「それは正確ではありません」

「私たちはフェルメのメイドだ」


 全く事情がつかめず、困惑しきりのノックス。説明が面倒なので、とりあえず僕らのことは置いておく。


「とにかく、ノックスの言い分っていうのを聞いてみようか。どのみち今日はここから動かない。夜はまだまだ長いし、ね」


「さすがフェルメ、いやフェルメ殿、フェルメ様」


 調子のいいことを言うノックスに、双子が再び冷めた目を突き刺す中、ノックスはゆっくりと話し始めるのであった。


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