第12話 財宝のありか②

 僕らの見張りを命じられたというノックス。部屋に入って早々、両の手のひらをこちらに向けて、肩まで上げた姿勢をとる。なんとも様にならないポーズだ。


 そうしてそのまま、「あんた達も言いたい事はあるだろうが、まずは一つだけ俺の要望を聞いてくれるか?」という。


「なんだろう? 聞くだけなら聞くけれど?」


「簡単な話だ。俺はあんたらがこの部屋にいる限り、決して乱暴なことはしないと誓う。だから、あんたらも俺に危害を加えないと約束してほしい」


 ああ、先ほどから手のひらを見せているのは、戦う意思はないというアピールか。


「……じゃあ、僕らがこの部屋を出ようとしたら? 力尽くで止めるのかな?」


「いやぁ、仕事としちゃあその通りなんだが、逃げたきゃ事前に言ってくれ。俺は少し席を外すから」


 妙な話だ。つまり逃げたければ好きにしろ、と。


「それじゃあ監視の意味がない」


「だが、あんたらに損はないだろ? さっきも伝えたように、俺はこの商会に雇われたばかりだ。だからやりたくもない役割を押し付けられている。まだ雇い主に恩義もないのに、あんたらを相手にして死にたくはない」


 つまり、ノックスはレルタとセレネに敵わないと。


 彼女達は見た目では強さが分かりづらい。メイド服姿だし。


 にもかかわらず“強い”と判断したと言うことは、ノックスもまた、相応に場数を踏んでいると推測できる。それに、片目の怪我。


「もしかしてノックスは、戦場戻りかい?」


 僕の言葉に頷くノックス。そしてようやく両手を下ろす。


「まあ、この片目を見れば気づくか。お察しの通り、500日戦争に参加していた」


 なるほど。色々と腑に落ちた。


 500日戦争。『最悪の戦争』とか『泥沼の戦い』とか、とにかく悪評高い不毛な争いだ。


 きっかけは2つの国の、些細な国境問題。それがいつの間にか、両国を支援する周辺国を巻き込んだ、大きな騒乱へと発展する。


 文字通りおよそ500日という長期に渡り、各地に厄災を振り撒いたこの戦い。結局、両者痛み分けという、多くの国にとってなんの意味もない終結を迎えたのである。


 ノックスはその戦争に参加して、片目を失ったのか。帰国後は職を転々としている。そんなところなのだろう。


 僕が納得している間に、ノックスはレルタとセレネに視線を移す。


「あんたら、最初からとんでもない殺気を放っていたよな。人殺しに慣れてるだろ? やっぱり同じ、戦場帰りか?」


「……」

「……」


 双子は黙して語らない。


 答える気がないとわかったノックスは、それ以上追求することなく、僕へと視線を戻す。


「答えたくない質問は答えなくても構わねぇが、世間話くらいはいいだろう? あんたら、この国の人間じゃないな? このくらいは教えてもらえるか?」


「まあね。どうして分かったんだい?」


「僅かだが、東の訛りがある。戦場でたまに聞いた訛りだ」


「へえ。正解だよ。僕らは東の国から旅をしてここまで来た。で、今は全く不本意ながら、見ず知らずの人に軟禁されているわけだけどね」


「いや、強引なやり方は悪かったと思っているさ。少なくとも俺はな」


「ノックスはさっき、“商会に雇われたばかり”と言ったね。つまり、ここは商家なのかい?」


 軟禁されているとはいえ、部屋の作りは豪奢だ。商人ならそれなりの大きな商家だろうと予想がつく。


「そうだ。ここはロックボーン商会の会長、ワイズ=ロックボーン様のお屋敷だ」


「そのロックボーン商会が、ただの絵描きをどうして拘束したのか、説明してもらってもいいかな」


「ああ。俺が言うのもなんだが、この商会はなかなかに悪どくてね。金になることなら割となんでもする。例えば、墓荒らしや遺跡荒らしなんかも」


「遺跡荒らし……」


 少しだけ話が見えてきた。僕が集落で描いたあの絵。あの絵には、大きな遺跡を描いたんだ。


 ただ、建物は現実の風景の中にはなかった。もしも実際に存在するのなら、たぶん今は朽ち果てている。


「フェルメって言ったか? あんたはどうやってあの絵を描いた? 集落の住民だって、近くの密林にあんな遺跡があるのは知らなかった」


「さあ? それじゃあ、遺跡はあったんだね」


「さあ、っておいおい……話す気がないなら今はいい。まずは説明が先だ。確かに遺跡はあった。描かれていた代物とはかけ離れた姿だったがな。地下が無事に残っていて、中から財宝が見つかった」


「一つ確認してもいいかな」


「なんだ?」


「そもそも僕の絵をどうやって手に入れたんだい?」


「それは偶然だ。近くの鉱山を買い取るために、あの辺りにいたんだ。轍に嵌まって破損した馬車を修理するために、集落に立ち寄った。そこで村の外で子供が見ていた絵に、会長が目をつけた。あの人は金に関しては嗅覚鋭い。子供から絵を買い取って、描かれた遺跡を俺たちに調べさせたんだ」


「へえ。で、財宝が見つかったから、また同じような絵を描け、そう言っていると」


「まあそういう事だ。馬鹿馬鹿しい話だろう?」


「全く」


「とはいえ、会長はあんたらが何か、情報を持っていると踏んでいる」


「情報、ねえ。例えばどんな?」


「会長は、絵の元になったのは、『遺跡の地図』や『古い書物』の類じゃないかと言っていた。だから絵でなくても、それらしい物を持っていれば、うちの商会に売ってくれねぇか? うちはアコギだが、金はちゃんと払う。あんたらの路銀の足しになるくらいの金額にはなると思うぞ」


 いくら懇願されても、そんな都合の良いものは持っていない。


 でもとりあえず、軟禁された理由は把握できたな。


 さて、これからどうしたものかな。こちらを見つめるノックスを前に、僕はレルタとセレネに苦笑するのだった。



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