第11話 財宝のありか①

 穏やかに風が吹く草原の道を、僕らはのんびりと歩いていた。


 風が草花を揺らし「さあさあ」と小さな音を立てて、僕らの耳を楽しませてくれる。


「平和だなぁ」


 こんな時間こそが、旅の醍醐味なんじゃないかと僕は思う。


「そうですね」


 同じく穏やかな顔をしたレルタが、僕の隣を歩いていた。セレネは馬車を操りながら、後ろをついてきている。


「道中ずっとこんな感じだといいよね」


 だがしかし、そんな僕のささやかな希望は、あっという間に打ち砕かれた。


「フェルメ様、何か来ます。警戒を」


 土煙を巻き上げた何台もの馬車が、前方からこちらにやってくるのが見えた。随分と乱暴な運転だ。せっかくの空気を踏み荒らす行為に、僕は顔を顰める。


「とりあえず、横によけてやり過ごそうか」


 僕がセレネの方を向くと、セレネはすでに馬車を横に寄せて、御者台から飛び降りていた。


 全く無粋な奴らだけど、去ってしまえばそれでおしまい。そのように考えていた。……のだけど、なぜか馬車は僕らの前で一斉停止。


 馬車からバタバタと降りてきた者達が、剣呑な顔つきで僕らを囲む。


「始末致しましょうか?」

「すぐに片付ける」


 レルタとセレネの声音が下がる。僕でも冷気を感じるほど冷淡な声。とはいえ相手の事情も聞かずにというのは、流石に乱暴に過ぎる。


 もしかしたら誰かと勘違いしているのかも。無駄な血を流す必要はない。一応、要件くらいは聞いてからでも良いんじゃないかな。


 現に相手は取り囲むだけで、すぐに襲いかかってくる様子ではない。奇妙な睨み合いの中、一際豪奢な馬車から、一人の人物が降り立つ。


 これみよがしに宝石を身にをつけたその人物は、僕らを一人一人舐めるように見て、「うむ。話に聞いた通りの容姿だな」と呟く。


「あの男だけ斬っていいですか?」

「視線が不快だ」


 うーん。確かに嫌な感じだけど、多分あの人斬ったら、結局全員ここで土に埋めることになるよね。


 僕らがこそこそと不穏な会話をしていると、宝石男は僕を指差す。


「お前がフェルメとかいう絵描きか?」


 問われても、僕に答える義務はない。


「さあ? 誰かと勘違いされているのでは?」


「双子のメイドを連れた旅人など、他にいてたまるか。貴様に問う。この絵の作者で間違いないか? 正直に答えよ」


 そのように僕らに見せたのは、確かに見覚えのある一枚だ。数日前に立ち寄った小さな集落で、お世話になった村の子供にあげたやつ。


「その絵をどこで?」


「私が買い上げた。この絵を入手した経緯などどうでもいい。同じような絵をもう一枚描け」


「もう一枚欲しければ、誰かに模写して貰えば良いでしょう?」


 僕の実に建設的な提案に対して、宝石男は少し苛立ったように語気を荒らげる。


「そういう意味ではない。この絵と同じように“財宝のありか”を示した絵を描けと言っているのだ!」


 全く話が見えない。


「とにかくまずは、屋敷に来てもらう。逆らえば……分かっているな」


 分かっているのは、この場所が血の海になる事だけだ。


 けれど折角の穏やかな風景を、こんな奴らの死体で汚したくはない。それに、彼らの目的も気になる。


 ……しかたないかぁ。


「レルタ、セレネ。とりあえず行ってみようか?」


「「フェルメ様が決めたのであれば」」


 こうして僕らは半ば拉致されるように、よくわからない一団に連行されることになった。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 二、三日かけて辿り着いた町の、一番大きな館の一室に押し込まれた僕ら。


 宝石男は「あとは任せる」と言ったままどこかへ行ってしまって、その後は誰もやってこない。


「……どうしようか?」


「まずはお休みになられては?」

「私達が交代で見張っている」


 二人の好意に甘えて一休みしようかな。そんなふうに思っているところで、ようやく扉がノックされる。


 僕らの返事を待たずに、片目に眼帯をした男が入ってきた。扉を閉めると同時に、外側から鍵のかかる音がする。


「あれ、確か、御者をしていた……」


 馬車の御者をしていた一人だ。眼帯が目立っていたので印象に残っていた。僕の言葉に、苦笑しながら反論。


「別に、御者が仕事ってわけでもないんだが。何せ新人だ。何かとこき使われるのさ。たとえば、あんたらの監視を任されたりな」


 飄々とした雰囲気のその人は少し困った顔をしながら、ノックスと名乗った。

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