閑話① レルタの料理
日が沈む前に、いつものように野営の準備をしていた僕ら。
寝所の準備は僕が、夕食の準備はレルタ。そして諸々の力仕事はセレネが請け負う。慣れ親しんだ流れだ。
何事もなく一仕事終え、僕はお茶でも飲もうかと焚き火の方へ。すると、キョロキョロと辺りを警戒しながら、焚き火の周りに近づく人物が。
セレネである。
セレネが警戒しているはレルタだろう。レルタが近くにいないことを確認すると、足音を立てずに速度を上げる。
狙っているのは、焚き火のそばに置いてある鍋だ。素早く木蓋を開け、中で煮えていた鶏肉を器用につまむと、ひょいと口へ放り込む。
満足そうな表情を見せるセレネ。けれど幸せは長くは続かなかった。レルタが目を細めながらやってきたのだ。
慌てて鶏肉を飲み込もうとするセレネ。そんなセレネの前に立ったレルタ。
「セレネ。つまみ食いをしましたね」
レルタが怖い顔でセレネを睨む。
「ひてない」
否定するセレネ。けれど、まだほんの少し口をもぐもぐさせている。
「セレネ」
レルタがもう一度名前を呼ぶ。その声が一段低くなった。
「し、してない」
それでも頑なに認めないセレネ。でも少し体がのけ反っている。にわかに漂う緊張感。危険な気配を察したのか、鳥たちが大慌てで飛び立ってゆく。
僕はそんな二人を眺めながら、のんびりとお茶の準備。
普段は息のあった二人だけど、この手の話ではよく揉めている。
何事もきっちりしておきたいレルタは、旅程のお金を管理から、食料管理、料理全般もこなす万能メイドさん。
反面なかなか融通が効かず、彼女の中のルールを破ることをとても嫌がる。そして、実力行使で言うことをきかせる事も厭わない。一応相手は選ぶみたいだけど。
一方のセレネは基本的にいい加減。料理も掃除もできない。お金の管理なんてもってのほかという、逆万能メイドさんだ。
ただし勘が良いというか、行動力があるというか、野生的というか。とにかくいざという時に非常に頼りになるタイプである。あと、狩りが恐ろしく上手い。
僕らの旅の食料の半分以上、主に肉類の確保はセレネが請け負っており、非常に助かっていた。
しばしの睨み合いののち、レルタがふっと微笑んだ。それに釣られて表情を緩めるセレネ。
見た目の良い2人が微笑み合う姿は、知らぬ者が見たら一枚の絵画だろう。けれど、そんな微笑ましい場面は瞬き一回程度の時間。
レルタの手がすっとセレネの頬を掴む。あまりに自然すぎる動きに、戦いにおいては人後に落ちないセレネが反応できない。
そして。
「いだダダダダダダダダ!!」
見た目の何倍も握力のあるレルタが、全力でセレネの頬をつねった!
どうにか逃れようとするセレネだったけれど、レルタは氷の微笑を湛えたまま絶対にその頬を離さない。
「フィたい! ふぃたいってば!!」
すでに涙目のセレネ。それでもレルタは動じない。ただ無言で微笑むばかり。
「ふぉめん! ふぃまみぐいひました!」
ついに認めたセレネが謝ると、レルタはようやく手を離す。
「分かれば良いのです。つまみ食いはいけません。さ、そこの小川で頬を冷やしてきなさい。放っておくと腫れますよ?」
「……少しくらい手加減しろ!」
「…何か言いました?」
「ナンデモナイデス」
形成不利と見たセレネは、頬をさすりながら小川の方へと歩いてゆく。その背中を見送りながら、ゆっくりとこちらを見るレルタ。
「さて、本日も腕によりをかけて夕食を作りました。楽しみにしてくださいね、フェルメ様」
「うん。楽しみだよ。……セレネ、大丈夫かな?」
「大丈夫ですよ。本気でつねったら頬が千切れます」
「……冗談だよね?」
「さあ、どうでしょうか?」
僕も絶対につまみ食いはしないようにしようと、改めて心に誓ったその時、小川の方から声が上がった。
「猪獲った! すぐに捌くから、夕食ちょっと待て!」
猪など、頬を冷やすついでで獲れるものではない。僕とレルタは顔を見合わせて笑い合あう。
「折角ですから、新鮮な猪肉もメニューに加えましょうか? まだお時間かかっても大丈夫ですか?」
「もちろん。僕もセレネを手伝ってくるよ」
「では、私は調理の準備をしておきます」
今日も平和に、日が暮れてゆく。
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