第9話 背中を押す者⑦
コルリウスに絵を渡した後の、数日間は色々と大変だった。
まず、コルリウスが街に顔を出し、領民に心配をかけた事を謝罪した。その上で改めて、より良い領地運営を宣言したのである。
頬こそこけていたけれど、身だしなみを整えたコルリウスは、街の統治者として相応しい振る舞いを見せた。領民の前で頭を下げられる領主が、この世界に一体何人いるだろうか。
表向きは平穏そうに見えていたザリナスの街。しかし領民はやはり心を痛めていたのだろう。コルリウスが顔を出したことで、街はお祭りのような騒ぎになったのだ。
コルリウスが復調した要因については、早々に人々の耳に届く事になる。コルリウス自らが演説の中で、絵を掲げて『この絵のように皆から信頼される領主であることを目指す! 皆のもの、力を貸してほしい』と言ったから。
その絵の作者についても、街中に瞬く間に広がってゆく。情報の出元は、屋敷の家人から。
こうして僕らはその日以降、街中で何をするにもお金を使う必要は無くなったのである。なんなら歩いているだけで店に連れ込まれ、歓待を受ける始末。
楽で良いのだけど、正直落ち着かない気持ちもある。そろそろ出発の頃あいだろう。
出発日を定めてコルリウスに挨拶にゆくと、『では、最後に夕食を共にしよう』と誘われた。
豪華な食事がこれでもかと並ぶさまを見ながら、コルリウスが両手を広げる。
「当家の料理長が、三人のために精いっぱい作った料理の数々だ。今宵は存分に楽しんでくれ」
僕らに料理を勧めつつ、自らも多くの料理を口にするコルリウスは、
「この数日、嘘みたいによく眠れている。食欲もあるし、何もかも貴殿のおかげだ」
と、機嫌よく口にする。部屋を出てから数日ではあるけれど、頬の血色はかなりいい。若いし、すぐに完調となりそう。
饒舌なコルリウスから今後の方針などを拝聴しつつ、夕餉を楽しむ。話の途中「もしよければ、この街で腰を落ち着けたらどうか? 専属の画家として、手厚く支援させてもらうぞ」とも言われたけれど、それは辞退させてもらった。
そうして話題は、僕の描いた絵の話になる。コルリウスは絵の中に描かれた人の中に、何人か見知らぬ人物がいるのが気になるという。
「あの絵の中に描かれた、見知らぬ者は誰なのだ? 特に、私の隣に描かれていた女性。あの人物は一体」
そのように聞かれても、僕は答えを持たない。その映像を“見た”だけで、誰なのかは全くわからないのだ。
もしかしたらこれから出会う人かもしれないし、単に僕の妄想である可能性も否定できない。
僕が素直に知らないと伝えると、コルリウスは少し残念そうにした。
「そうか……。いや、実はあの絵を受け取ってから、かの女性の事がずっと気になっているのだ。フェルメなら知っているのかと思ったが、残念だ……」
「まさかとは思いますが、今度はそれで眠れないなんてことは……」
「ははは! 安心せよ。それはない」
なら良かった。表情を見る限り、きっと大丈夫だろう。
と、そういえば僕の方も絵の事で伝える事があったんだった。
「コルリウス様、ひとつ内密の話があるのですが……」
「何かな? 聞こう」
その時僕がコルリウス様に話した内容。それはこの若き領主への、ちょっとした置き土産だ。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「良い街でしたね」
レルタが機嫌よく口にした。
レルタの『良い』は、街の人たちが食料をたんまりと提供してくれたから。それに絵の代金も。
僕らの旅の諸々の管理をしているレルタとしては、これ以上ない土産である。
朝一番に街を出て、すでに一日近く歩いてきた。もう街の影は見当たらないし、そろそろ日も暮れて始めている。
「フェルメ。来たぞ」
セレネが僕にどこか楽しそうな声音で耳打ちする。正直、やっぱりきたか。という感想しかない。
僕らは立ち止まり、今来た道を振り返る。
「もう後をつけるのも飽きたでしょう! ユノーさん」
僕が声をかけると、木の裏に隠れていたユノーが顔を出した。その右手には剣を持っている。
「やっぱり、右腕、動くんですね」
ユノーは僕の言葉に答えることなく、無表情のままこちらへ近づいてくる。
「いつから気づいていた?」
「“どちらの意味”で、ですか?」
僕の返答に、舌打ちをするユノー。
「やはり。知っていたのか?」
「さあ、どうでしょう」
ユノーの話を聞いて、おかしいと思っていた。『月明かりの無い』中で襲撃を受けて『前方で戦っていた』ユノーがどうして、相手の人数を正確に把握できたのだろうと。
ユノーは無我夢中で逃げるほどに、状況が切迫していたと自分から言ったのだ。まして、明かりもない混乱の中で。言葉の通りなら、人数を数えるどころではない。
僕の説明にユノーは再び舌打ち。
「……余計なことを言っちまったな」
ユノーに伝えるつもりはないけれど、別の理由もある。ユノーが敵だと確信したのは、コルリウスの絵を描いた時。僕の見た映像の中に、ユノーはいなかった。彼はコルリウスの背中を支える人間ではなかったのだろう。
「実はですね、街にいるうちにもう一枚、絵を描いたんですよ。あなたの絵を」
「はあ? それがどうした?」
セレネが馬車から取り出すと、ユノーへと投げる。小さな絵だ。ユノーは左手で掴み、夕暮れの中で絵に目を落とす。
そしてにわかに、わなわなと震え始め、唐突に「なぜだ!?」と僕らに向かって大声で叫んだ。
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