第8話 背中を押す者⑥
出来上がった絵を持って僕らが集まったのは、沢山の同じ絵が並ぶいつもの部屋だ。
パラッサさんに見せた時と同じように、白い布を被せた1枚の絵が、部屋の中央に置かれていた。
部屋にいるのは僕らだけではない。屋敷にいた家人、全員に集まってもらった。ついでに、襲撃当時の護衛兵であったユトーも同席している。
皆、言葉を発することなく当主の登場を待つ。しばらくすると、パラッサさんがコルリウスを連れてやってきた。
相変わらずやつれ、虚な目をしたコルリウス。部屋の中に家人が集まっているのを見て、ほんの少しだけ眉根を寄せるも、咎める事なく僕の元へとまっすぐに足を運ぶ。
そうして絵を指差し、僕に厳しい視線を向けた。
「絵が完成したと聞いた。この布をかけているものがそうか?」
「ええ。どうぞ、ご確認ください」
僕に促され、絵の前に立ったコルリウス。
窓から差し込んだ光に照らされ、その姿を露わなると、コルリウスはやや困惑の表情を僕に向けた。
「これは……一体……」
コルリウスが言葉を失ったのも無理はない。絵の中には、先代当主と奥方の姿などどこにもない。
代わりに沢山の人がいる。
絵の真ん中に陣取り、重厚な執務机に座るは、コルリウスその人だ。髭を蓄え、髪も伸ばしたその姿は、今よりも10ほど歳をとったように見える。
そしてその背後には、同じく少しずつ歳を重ねた家人の姿が並ぶ。
パラッサさんはもちろん、僕らを見かけると気軽に挨拶をしてくれた中年の侍女や、庭師の青年、料理長に助手。みんなが、コルネリスの後ろで笑っている。
その全員が、胸の辺りで手を繋いでいた。繋がれた手はコルリウスの一番近くに立つパラッサさんと、若い女性まで続く。最後の2人は、コルリウスの両肩に手を乗せているように見えた。
「……これは、依頼した絵ではないようだが……」
コルリウスは顔を歪ませ、僕から背を向けると、絞り出すように口にする。
「ですね。でも、僕はこの絵が描きたいなと思って描きました」
「これは、未来を想像した絵なのか? それとも私に対する皮肉か? 何もせずに漫然と過ごし、領主の責務を果たさぬ私への」
「どうでしょうね。好きに捉えて貰えばいいと思います」
コルリウスの肩が俄に震え始める。
「コルリウス様……」
たまりかねたパラッサさんが声をかけると、コルリウスはそのままの姿勢で再び問う。
「パラッサ、お前はまだ、この絵のように手を置いてくれるか。全てから目を背けていた私に」
「も、もちろんでございます! コルリウス様なれば、この絵のように立派な領主様になれると、家臣一度、信じております!」
パラッサの言葉に、部屋にいた家人から「左様ですとも!」「私共の主人は貴方様しかありません!」と声が上がった。
コルリウスはそれらの声には返事することはない。しかし、その足元には水滴がこぼれ落ちてゆく。
「フェルメ、と言ったな。私が何故、両親の絵を求めていたか、分かるか?」
「さあ。分かりません」
僕はコルリウスの親友でもなんでもない。
「……私には自信がなかった。突然偉大な父上の跡を継げと言われても、何をして良いのかも分からなかった……。父上のような、立派な統治などできない。そう思ってしまったら、日を追うごとに怖くなった」
「でも、優秀な方だと聞いておりましたが?」
「少々賢しいと言うだけの話だ。だから私は、父上の絵を枕元に飾れば夢に父上が現れ、私を導いてくれるような気がして、絵を望んだ。馬鹿げた話であろう? 私にもよく分かっている。分かっているがどうしようもなかった。一度でいいから、父上に夢に出てきて欲しかった。ほんの少しでいい、私の背中を押して欲しかった」
「……だから、何枚も絵を……」
「我ながら本当に愚かなものだ、情けない事だ。次第に、夜を迎えても眠れなくなった。今夜も父上が現れなかったらどうしよう、ただ、それだけを恐れて。だが、そうか。私に必要だったのは、父上のお言葉ではなかったのか……」
「……」
僕が黙っていると、コルリウスは袖で目元を拭い、ようやくこちらを振り向いた。ぎこちないながらも、そこには笑顔がある。
「半年もの間、責務を放棄していた私の代わりに、領地を無事に回してくれた者達がいる。このような愚か者の背を、ずっと支えてくれた者達がいる。私はそんな大事な事を忘れていた。パラッサ、それに皆の者、本当にすまなかった。改めて頼みたい、こんな私の背を皆で、押してくれはしないだろうか」
コルリウスの言葉に、パラッサさん達は皆涙を流しながら、
「もちろんでございます! もちろんでございますとも!」
と、コルリウスの元へと駆け寄ってゆく。
僕と双子は目配せすると、邪魔にならないように、部屋からそっと立ち去る。
その日から、コルリウスは自室に籠ることをやめた。家人に素直に頼る事のできる聡明な若い領主。少し時間はかかるかもしれないけれど、きっと万事うまくいくだろう。
たったひとりを除いては。
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