第6話 背中を押す者④

 部屋中に飾られた同じ人物の絵、絵、絵。その筆致ひっちは多種多彩。どれほどの人々に依頼したのだろう。


 面白いことに、並べられた絵画の多くが、よく似た衣装とポーズで描かれている。


「元となった絵は?」


 僕の質問の意味をすぐに察したパラッサさんは、飾られた絵の、中央にある一枚を指差した。


「あちらがオリジナルです。先代様は余り、肖像画にご熱心な方ではございませんでした。こちらも、奥様が成婚20周年の記念にと希望され、渋る先代様を無理に描かせて頂きました」


 懐かしそうに目を細めながら、パラッサさんはそのように説明してくれる。


 改めてオリジナルの絵を見れば、コルリウスと目元の良く似た中年男性は、なんとも気恥ずかしそうにしている。隣で笑みを浮かべる女性との、表情の対比が微笑ましい。


「良い絵ですね」


「ええ。皆様そのようにおっしゃってくださいます」


「この絵を描いた方にも、改めて依頼されたんですか?」


「残念ながら、5年ほど前に天に魂を返されまして……」


「そう……でしたか」


「ともかく、一度見ただけで先代様を描いてくださいと言うのは無理がございましょう。この部屋にはいつでも出入りできるように、家人には申し伝えておきます。何、今までも同じようにしておりましたので、話が通じぬ事はないかと」


「分かりました。ひとまず僕と双子だけにしてもらえますか? 少し集中したいので」


「畏まりましてございます。では、何かあればお呼びください」


 そのように言い残し、部屋を出てゆくパラッサさん。残された僕。そしてレルタとセレネは、しばらく無数にある絵を眺める。


「フェルメ様」

「何か見えたか?」


「どうかな。少なくとも、先代当主様が街の人たちから慕われていたのは良く分かったよ。ま、パラッサさんの好意に甘えて、何日かこの部屋に通ってみようか? 何か見えてくるものもあるかもしれない」


「「畏まりました。思いのままに」」


 ひとしきり絵を確認したのち、今日は宿に戻ると伝え、三人で街を歩いていた時だ。


「なあ、あんた。今領主様の館から出てきたが、新しい画家か?」


 と声をかけてきた人物がいた。


「それを答える必要が?」


「あ、すまない。不躾だったな。俺も先代様にお世話になったんだ。今は怪我で満足に動けないから、長い休みを頂いちゃあいるが」


「怪我ですか?」


「そうさ。悪漢に襲われてね。なんとか命からがら街まで戻ってくることができたが、右肩から背中にかけて斬りつけられて、今も右腕は動かん」


「あ、もしかして、先代領主様達が襲われた時の生き残りっていうのは……」


「もう事情を聞いているなら話が早い。護衛対象を守れず、のこのこと一人だけ帰ってきた恥知らずがこの俺だ。ユトーという。よろしく」


 言いながら左手を差し出すユトー。僕は一瞬レルタとセレネに視線を向けてから、その手を取る。力強い反応があった。


「それで、何か用ですか?」


「ああ、いや。用ってほどじゃあないんだ。……コルリウス様の事も既に聞き及んでいると思うが、俺はとにかく責任を感じていて。何か、俺に手伝えることがあればと思ったら、思わず声をかけてしまっただけなんだ」


「それにしては随分とタイミングが良いですね」


 まるで、僕らが出てくるのを待っていたみたいに。僕に指摘されたユトーは、気まずそうに鼻先を搔く。


「まいったな。……正直に話そう。実は、パラッサさんがあんた達を連れているのを見かけたんだよ。それで出てくるのを待っていた」


 それは少しおかしな話だと思う。ユトーは『長期休暇中』だと言っていた。つまり領主の家人であるはず。なら外で待ち構える必要なんてないはずだ。


 僕が疑問を伝えると、ユトーはますます気まずそうに俯きながら、言葉を絞り出す。


「俺が館を彷徨うろついていると、コルリウス様が当時の事を思い出してしまうからな……」


 なるほど。自主的にか、それとも誰かからしばらく離れておくように言われたか。まあいいや。折角だから気になることを聞いてみる。


「じゃあ折角なので、ユトーさん達が襲われた時の事、詳しく教えてもらえますか」


「あの夜の事を? そんな話が役に立つのか?」


「参考になるかもしれないし。ならないかもしれません。聞いてから決めます」


「そ、そうか。とは言っても、話せる事はあまり無いが。……月のない夜だった。それがあいつらに味方した。俺を含めて12人の兵士が馬車を守っていて、問題の場所で3人の野盗に行手を阻まれた。俺は先頭にいたから、そいつらを蹴散らそうと前に出て戦っていた。だが野盗は他に15人もいて、後ろからも襲いかかってきた。その上、中に手練れが混じっていたのだ。次々にやられてゆく仲間を見て、俺はこのままだと全滅すると思った。だから、近くに助けを呼ぼうとした」


「近くに助けを呼べそうな場所が?」


「……いや、なかった。本当は、殺されることが恐ろしくて、逃げたかったのかもしれない。卑怯な男だと罵ってくれていい。それで、後ろから斬られた。その後はよく覚えていないんだ。気がついたら、無我夢中で馬を走らせていた。俺が話せるのはそれだけだ」


 悲痛そうに右手をさするユノー。


「ちなみに、手練れっていうのはどうやって分かったんです? そもそも野盗で間違いないのですか?」


「手練れに関しては、仲間がいとも容易くやられたからだ。俺達だって領主様の護衛に選ばれる程度に、腕には自信がある。野盗かどうかは……見た目がいかにもな姿だったとしか言いようがない」


 ふーむ。なるほど。


「フェルメ様、そろそろ」

「腹へった」


 レルタとセレネが口を挟んできて、一旦話はそこまでとなる。


「また、話を聞かせてもらうかもしれません」


「ああ。コルリウス様がお元気になられるのなら、なんでも聞いてくれ。俺の家はそこの角を曲がった―――」


 こうしてユノーの住まいを聞き、僕らはその場で別れるのだった。

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