第5話 背中を押す者③

「ともかくまずは、当主様に会わせていただけますか?」


 現当主コルリウスの亡くなった両親の絵を描くという、唐突な依頼を受けることになった僕。


 いくらなんでも本人に会わずに、これ以上の話は進められない。


 パラッサさんを疑っているわけではないけれど、当の本人に聞いたら、全く事情が違う可能性だって否定はできないのだ。


「……尤もでございますね。……一度、お声をかけて参ります」


 歯切れの悪い言葉から、塞ぎ込んでいる当主が出てこないかもしれないと言う懸念が伝わってくる。


 それでも部屋を出て行ったパラッサさんを見送ると、やおらにレルタが口を開いた。


「よろしいのですか?」


 レルタの一言には、いろいろな意味を含んでいる。例えば、僕の絵が当主にどんな影響を及ぼすか、なんて意味も。


「こればかりは、描いてみないと分からないさ。そもそも描けるかも、ね」


 自分の絵が少し特殊な事は自認している。良くも、悪くも。それでも僕は、目に浮かんだものしか描けないし、描かない。


「当主の怒りを買ったら、いつものように強行突破で逃げればいい」


 姿勢良く紅茶の入ったカップを手しているセレネ。それこそ絵になりそうな姿とは裏腹に、不穏な言葉をしれっと口にした。


 人聞きの悪い。そんな目に遭うのは時々だけだ。僕の抗議にセレネは涼し気に笑う。


 そんな建設的とは言い難い会話で時間を潰していると、パラッサさんが戻ってきた。出て行った時より少しだけ顔色が良い。


「コルリウス様がお会いになられるそうです。どうぞ、こちらへ」


 誘われるままにパラッサさんについて屋敷の中を進むと、先ほどいた部屋よりも豪華な扉の前に到着。当主専用の応接室か、もしくは執務室の類かな。


「コルリウス様、お客様をお連れいたしました」


「……入れ」


 当主の許可を得て、ゆっくりと扉が開く。部屋の奥に置かれた立派な執務机に座っていたのは、僕とそう変わらない歳に見える、20代前後の青年。


 整った顔立ちからは知的なものを感じるけれど、とにかく覇気がない。やつれた頬が痛々しく、半年間塞ぎ込んでいる事実が滲み出ている。


「コルリウス様、こちらは旅の画家、フェルメ様にございます。此度、絵を描くことを引き受けてくださいました」


 パラッサさんが紹介すると、コルリウスはやや気だるそうにこちらに視線を向ける。


「依頼を受けてくれたこと、感謝する。パラッサからも聞いていると思うが、絵の出来に限らず、謝礼はちゃんと支払うので安心して欲しい。……しかし、メイドを連れた絵描きの旅人? しかも身なりも良い。本当に絵描きなのか? どこぞの貴族か商家の子息と聞いても違和感はないが……」


「ええ。まあ。これでも絵描きです。それと、同行者の2人は半分趣味でこの格好をしています」


「半分? よく分からぬな。まあ、どうでも良い。それで絵が完成するまでには、どのくらいの期間が必要か?」


「まだ、貴方様のご両親が描かれた絵を見てもいません。なので、なんとも」


「それもそうだな。しかし、無尽蔵に時を与えるわけにもいかん。以前、同じように旅人に依頼した際に、宿代目当てでいたずらに時間を浪費した者がいたのでな。ひとまず半月を区切りとしよう。完成していなくとも、一度絵を見せてくれ。内容を確認して、未完成の場合は引き続き頼むか決めさせてもらう。それで良いか?」


「そうですね。構いません」


「よしでは、決まりだ。見ての通り私は体調がすぐれないため、今日はここまでとさせていただく」


 コルリウスの言葉を潮に、僕らは追い立てられるように部屋を出る。


「では、先代様を描かれた絵をご覧いただきましょう」


 再び先導を始めたパラッサさんに従い、廊下を歩いていると、道中で何度も声をかけられた。僕らにではなく、パラッサさんが、だ。


「ご当主様のご様子は?」


「コルリウス様はお元気そうでしたか?」


「何か、食べたい物などおっしゃっておりませんでしたか?」


 この家の家人と思われる人たちが、次々とやってきてはパラッサさんに問うてゆく。


 当主様、どうやら久々に表に顔を出したみたいだ。どの人からも、心の底から心配する声が聞こえてくる。


「これ、お客様の前です。控えておきなさい」


 パラッサさんが都度、注意しながら先へと進む。


「家人が騒がしく、申し訳ございません。こちらの部屋にございます」


 部屋の中は薄暗い。絵を痛めないための配慮だろう。


「ただ今、窓を開けますので」


 光を遮っていた布が取り払われ、部屋に灯りが差し込まれる。


「これはまた……」

「凄まじいな……」


 レルタとセレネが思わず、といった風に言葉を漏らし、僕もわずかに息を呑む。


 本当に、思いつく限り、多くの人々に依頼したのだろう。


 その部屋のありとあらゆる場所に、同じ人物が描かれた絵が飾られていたのである。


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