第4話 背中を押す者②

「私めがお仕えしておりますグラスノ家は、決して、大きな貴族ではございません。ですが代々の領主様は領民によく気を配り、皆から慕われてまいりました」


 ぽつりぽつりと話し始めたパラッサさん。確かにパラッサさんの言葉を裏付けるように、街の雰囲気は明るかった。


「コルリウス様のお父様、先代様は、より領地を富ませようと新たな商売の開拓に注力され、今後益々グラスノ領は豊かになってゆくと、人々は噂しあったものでございます」


「その、コルリウスという人が、現在の当主様なんですか?」


「左様でございます」


 パラッサさんの口ぶりからすると、先代は既に魂を天に返したのか。僕が改めて確認しようとしたところで、レルタとセレネが口を挟む。


「つまり、新たな当主に問題があるのですか」

「無能って事か?」


 いっこうに本題が進まないので、焦れたようだ。二人とも結構気が短いのである。


 会った事もない当主に対して、あんまりな物言い。このまま叩き出されても文句は言えない発言だ。


 けれどパラッサさんは腹を立てるより先に、悲痛そうに「それは違います!」と否定する。


「コルリウス様も才気に溢れたお方です。あの様な不幸な出来事があっても、コルリウス様がおられれば、当家は十分にやっていけると」


「不幸? つまり先代領主は事故か何かで?」


 僕の問いに、パラッサさんはいよいよ顔を曇らせ、苦しそうに言葉をこぼす。


「先代様と奥様は半年ほど前、貴族の集まりに参加なされた帰り、野盗に襲われてそのまま……」


「領主様が野盗に? まさか」


 小さいとはいえ貴族。護衛も連れずにうろうろしていたわけではないだろうに。


 野盗に領主の護衛クラスが負けるというのは、あまり聞かない話だ。


「私どもも耳を疑いましたとも。その様なことはあり得ないと。ですが、たった一人生き残った者が『賊の中に腕利きがいた』と言っておりましたので、恐らくあやつらは、金で傭兵でも雇ったのではないかと……」


 金を払ってまで人手を集めたのなら、最初から貴族狙いの野盗か。だいぶきな臭い話だ。あまり足を突っ込みたくはないなぁ。


「……生き残った人の証言を元に、犯人の顔を描いてほしいなんて話じゃないですよね?」


 そんな依頼なら、申し訳ないけれどお断りさせていただきたい。


「違うのです。描いていただきたいのは、身罷られた先代様と奥方様の絵でございます。無論、館にはお二方の絵が沢山ございますので、それらを参考にしていただければ」


 パラッサさんの返答に、僕だけではなくレルタとセレネも首を傾げる。


「先代様の絵があるのなら、僕の絵は必要ないと思いますけど? 街にも絵描きはいるのでしょう? 僕なんかより、その先代の顔をよく知っている適任者が」


 街に画材屋があった。つまり商売として成り立つ程度には、絵を嗜む者がいるはず。


 けれどパラッサさんは、僕の指摘に力なく首を振る。


「……既に、この街にいる全ての絵描きにはもう頼みました。それこそ、素人同然の者にさえ。しかし、コルリウス様の希望する絵は、そのどれでもありませんでした」


「今の当主様はどうして絵を?」


「……分かりません。一度にご両親を失われたコルリウス様は、深い悲しみに打ちひしがられ、ほとんどお部屋からお出にならなくなりました。もちろん私どもも、そのお気持ちは痛いほどに分かります。しばらくは街全体が悲しみの涙に暮れておりましたから。ですが、コルリウス様ならば、いずれ立ち直り我々を導いてくれるものと……」


「でも、立ち直らなかった」


「まだ、お気持ちの整理がついておられないだけです。いずれ必ず、コルリウス様は本来のお姿に戻られるはずです。そう信じております」


「……そうなると、良いですね」


「塞ぎがちのコルリウス様がご両親の絵を所望されたのは、凶事から2ヶ月ほど経った頃でした。抜け殻の様だったコルリウス様が、久しぶりに何かを望まれたことは、私どもにとっても大きな喜びでした。早速街一番の絵描きに頼み、コルリウス様に献上したのでございます」


「……それを、本人は気に入らなかったのですか」


「……はい。絵を受け取った翌日、たった一言『これではない』と。そこで、様々な者に依頼して回る事に」


 ようやく話が飲み込めた。僕が街の入り口で絵描きだと話したから、城門の門番さんから情報が伝わったのだろう。


 もしかしたら、絵描きが来たら知らせるように命じてあったのかもしれない。


「あれ? ってことは、当主様は半年近く塞ぎ込んでいるのですか?」


「はい」


「その間の領地の運営はどうやって?」


「先ほども申し上げました通り、代々のご当主様は丁寧にこの地を治めておりました。その中には、私ども家人への教育も含まれます。現在は当家が蓄えた知恵でどうにかやりくりをしております。とはいえ、それも長くは続けられません」


 半年間、実質当主不在で領地運営をしていたのか。それは大したものだけど、レルタとセレネが暴言を吐いても怒らなかったのは、いよいよ切迫した状況になっているからかも。


 僕がそんなことを考えていると、依頼を受けるかどうか迷っていると判断したのか、パラッサさんが言葉を重ねる。


「描いていただきました絵は、コルリウス様がお気に召さなかったとしても買い取ります。当家の誇りに賭けてお約束いたしましょう。また、滞在中の費用も私共にお任せを。どうか、依頼を受けていただけませんでしょうか」


 最後は僕の手を取って懇願するパラッサさん。


 流石にその手を払ってまで、断る気持ちにはなれないのであった。




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