第3話 背中を押す者①

 その日僕らが辿り着いたのは、ザリナスという街だった。規模は大きくないけれど、領主館もある。


 城門を守る門番さんに来訪の目的を告げつつ、「この街に画材屋はありますか?」と聞く。暇そうにしていた門番さんは、気軽に会話に応じてくれる。


「何だい、あんた絵描きなのか? 随分と良い身なりをしているから、どこかのお貴族様の旅行かと思ったよ。画材屋、あるよ。店主の愛想は悪いが、品揃えはそれなりだ」


 店主の事は半分冗談なのか、笑いながら口にする門番さん。


「本当かい。よかった。そろそろ画材も心許なくなっていたんだ」


 やはりある程度の規模の街でないと、満足な画具を手に入れるのは難しい。ここの所小さな集落が続いたので、ちゃんとしたお店があるのはありがたい。


「今、地図を書いてやるから待ってな。ついでだ、お勧めの宿と美味い食堂も教えてやる」


「助かるよ。ありがとう」


「何、いいってことさ。精々街のために金を落としておくれよ」


 無骨そうな顔の割に、小さな文字で丁寧に書き込んでくれた地図を受け取り、門番さんに見送られて街へと入る。


 規模の割に豊かな領地なのか、道も建物もしっかりしている。なにより、全体的に清潔感があるのが良い。治安の良い証拠だ。


「良い街ですね」

「人の顔が穏やかだ」


 レルタとセレネも満足げ。人通りは多くはないけれど、皆平和そうな顔をしており、統治する領主の人柄も透けて見える気がする。


 厩で馬車を預かってもらい、宿も押さえると、早々に画材屋へ向かう。地図の通りに進めば、お目当ての店はすぐに見つかった。


 門番さんは『品揃えはそれなり』なんて言っていたけれど、思ったよりも充実している。むしろ、かなりのものだ。


 色々買い込んで、確かにちょっと愛想のない店主と、この近くで採れる顔料などの世間話をしていたら、店の扉がにわかに開いた。


 入ってきた人物を見て、店主が少し眉毛を寄せる。もともと不機嫌そうだった顔が、余計に歪んだ。


「これは、パラッサさん……どうされましたか?」


 僕は横で聞きながら、妙な言い方をするなと首を傾げた。画材屋に来るのだから、画具を求めに来たのではないのだろうか?


 パラッサと呼ばれた人は、姿勢良く店主に軽く頭を下げると、真っ直ぐに僕の方へと向かって来た。


 僕は念のためレルタとセレネに視線を向けたけれど、二人は大人しく佇んでいる。危険はないみたいだ。


「不躾で失礼致します。オランに伺いましたが、旅の途中の画家様でいらっしゃいますね。一つ、描いていただきたい絵があるのですが」と言う。


「オラン?」


「はい。城門にいた衛兵の事です。ああ、ご挨拶が遅れました。私めはこの地の領主に使える、パラッサと申します。お名前を伺っても?」


「フェルメです」


「フェルメ様。改めて申し上げます。我が領主のために、どうぞ絵を描いてはいただけませんか?」


 そのように言いながら、パラッサさんは僕に向かって深く頭を下げた。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 とにかくまずは話を聞いてほしいと懇願され、半ば強引に領主館へと連行された僕ら。


 三人分のお茶をテーブルに置いたパラッサさん。そうして、今更ながらにレルタとセレネの姿に疑問を投げかけてきた。


「その……お二方は、フェルメ様の従者で?」


 それは中々答えにくい質問だ。レルタとセレネは僕のメイドではあるけれど、単なる従者と言われれば少し違う。


 僕にとって二人は色々な意味で恩人で、二人も僕に対して、ちょっとした恩を感じてくれている。


「従者、と言うよりは、旅の仲間と言った方が近いのかもしれません」


「はあ、左様ですか。しかしその服装は……」


 確かにレルタとセレネはメイド服姿だし、一応ギリギリ元メイドであったりもするけれど、


「二人がこの格好をしているのは、半分くらい彼女達の趣味です」


「趣味、ですか……」


「はい。趣味、です。“彼女達”の」


 ここはきちんと主張しておかないと、あらぬ誤解を受けかねない。


 パラッサさんもこれ以上踏み込まない方が良いと判断したのか、ゆるりと今日の天気に話題を変えた。


 しばらく取り止めのない話をしながら、僕は徐々に違和感を感じ始める。


 僕らは今、領主館にいて、領主のために絵を描いて欲しいという依頼のはず。にも関わらず、肝心の本人がいっこうに現れないのだ。


 外出中なのか、或いは下賎の者には会わない主義なのかとも思ったけれど、それならそれでパラッサさんの口から一言あっても良いようなもの。


 むしろ、パラッサさんは領主の話題を避けているようにさえ感じる。


 僕の懸念が伝わったのだろうか。パラッサさんは意を決したように、持っていたティーカップをテーブルに降ろす。


 そうしてようやく、今回の『奇妙な依頼』について、話し始めるのだった。

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