第2話 絵描きとメイド(下)
レルタとセレネが予測した通りの人数。なら、問題はない。
僕は新しくお茶を入れ直し、焚き火のそばに腰を落ち着ける。
薄明かりの中、ニヤニヤしながら近づく彼らは、立ちふさがる二人を見て、揶揄うように何度か手を叩いた。
「やあ、こんばんは、お嬢さんがた。お迎えにあがりましたよ」
一際体格の良い男が、野太い声で話しかけてくる。上等な冗談のつもりだろうか。まあ、失笑くらいは誘えそうではある。
相手の武器は斧が三人。剣が二人。月明かりが注いでも、刃先に輝きは見られない。手入れも満足になされていないのだろう。
「おい、なんとか言えよ。それとも恐怖で口も聞けないか?」
リーダーと思しき体格の良い男が、再びこちらに声をかけてくる。レルタとセレネは完全無視だ。五人が近づくのを眺めるばかり。
それを怯えと取ったのだろう。盗賊たちがゲラゲラと笑いながら、不用意に近づいてくる。
盗賊がレルタとセレネまであと三歩の距離までやってきたところで、おもむろにセレネが動いた。
レルタに向かって駆け出したのだ。
レルタはすぐに意図を汲み、セレネのために、両手を組んで足場を用意する。
セレネはその両手に右足を乗せると、勢いをつけて空へと飛び上がったのである。
満天の星空の下、踊るように空中を舞うセレネ。なんとも幻想的な一幕に、野盗達も一瞬、目を奪われた。
が、それもほんの僅かの時間。
セレネは空中で一人の盗賊の頭を掴むと、そのまま盗賊達を飛び越えて着地。掴まれていた頭はおかしな方向へと曲がり、声もなく崩れ落ちる。
動いたのはセレネだけではない。セレネの動きに気を取られ、立ちすくんでいた一人に、レルタが一気に距離を詰めた。
レルタの膝が的確にみぞおちを叩く。喰らった賊は、声を上げる余裕もなく地面に沈んでゆく。
文字通り、瞬く間に賊はたった三人となる。僕はようやくお茶が色付いてきたので、ゆっくりと口に運ぶ。うん。頃合いの味。
ハロ茶の柔らかな香りが、心を穏やかにしてくれる。ハロ茶を美味しく入れるコツは、お湯を沸かし過ぎず、ゆっくりと茶葉を開かせてやる事。そうすると芳醇な香りが楽しめるのである。
僕が香りの余韻を楽しんでいると、ようやく状況を理解した三人の盗賊は、三者三様の反応を見せた。
「ひっ! ひぃっ!」
声にならぬ悲鳴をあげて、腰を抜かした者が一人。
武器を投げ捨て、逃げ出した者が一人。
そして、
「なんだ! てめえらは!!」
怒号を上げて斧を振り回すのが一人。戦意を残しているのは、リーダー格の大男だ。膂力に自信があるのか、豪快に斧を振り回し、レルタとセレネへ襲いかかる。
二人が少し距離を取ると、斧が風を切る音が僕のところまで届いた。触れでもしたら容赦なく切り飛ばされるか、骨が砕かれそう。
砕けるといえば、少し欠けた焼き菓子がまだ余っていたな。あれ、どこにあったっけ? 普段、整理整頓はレルタがしてくれている。彼女に聞けば話が早いのだけど、流石に今は聞けないなぁ。
「真っ二つにしてやる! 死ね!!」
斧を止めることなく、勢いに任せてレルタやセレネに近づいてゆく斧男。けれど二人は決して間合いには入らせない。
見ようによっては緊迫した戦いの中、僕はレルタと目が合った。月明かりの下とはいえ、向こうは暗がりの中で斧を避けるために飛び跳ねているから、気のせいかもしれないけれど。
と思ったら、気のせいじゃなかった。
レルタは器用に斧男を翻弄しながら、すすすと僕の方へとやって来る。
「フェルメ様、もしかしてお菓子をお探しなのですか?」
「あ、うん。そうだけど……」
「でしたらそこのバスケットの中です。白い布に包んであります」
「ありがとう。助かったよ」
「いえいえ。ごゆっくり」
そんな風に言い残して、再び斧男の元へ。
斧男も今のやり取りは視界に入っていただろう。いよいよ怒りを募らせ、言葉にならない獣のような咆哮をあげた。
闇雲に振り回す斧が時折木々に当たり、バキバキと樹木を削る音が響く。
二人は疲れるまで斧を振り回させるのかな? あ、焼き菓子あった。うん。これこれ。このほのかな甘さが良いんだ。ハロ茶とよく合う。
僕が紅茶を飲み終えた頃、ついに斧男の体力も尽きてきたようだ。まあ、あれだけ斧をぶん回していれば、ねえ。
「くそっ、クソが! なんだてめえらは、何なんだ一体!!」
肩で息をしながら怒鳴る斧男。
その問いに対して、レルタとセレネは僕の方を見た。今度は間違いなく、視線を確認できる。それにつられたように、斧男もこちらに顔を向ける。
「僕は画家です。そして二人は一緒に旅している双子のメイドです」
「意味がわからねえんだよぉ!!」
誠実に答えたのにも関わらず、斧男は怒りに任せて僕の方へ突撃を始める。理不尽な話だ。
けれどそれは、悪手だよ。仲間みたいに、逃げればよかったのに。
斧男がもう一歩踏み出した瞬間、仲間の残していった斧で右足が飛ぶ。体勢を崩したところで、その首が宙を舞った。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
翌朝の事。僕は描いていた絵の仕上げに取り掛かっていた。
レルタとセレネは僕の後ろで敷物に座り、静かに作業を見守っている。
「よし、できた」
最後に小さくサインを入れ、この絵は完成。二人が近づき、完成したばかりの絵を覗き込む。
「美しい絵ですね」
「これは“いつ"だ?」
少なくとも“今”ではない、澄んだ水を湛えた泉と、小さな家のある風景。
「さあ、どうだろうね? もしかしたら、そのどちらでもないかもしれない」
答えながら僕は、その絵を沼のそばにあった石に立てかける。
そうして少し離れて眺めてみる。うん、悪くない。
満足したので、「さ、じゃあ、そろそろ行こうか」と二人に声をかけた。
「絵はここに置いていかれるのですか?」
「すぐに駄目になる?」
「そうかもしれないね」
「「ではなぜ?」」
「この絵は“この場所にあるべき”だと思った。それだけの事だよ」
「左様でございますか」
「フェルメがそう言うなら」
こうして僕らはその場を離れた。その後絵がどうなったかは、僕にはあまり関係のない話だ。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
とある不便な場所に、旅人の間で少し知られた食事処がある。頼めば宿も請け負ってくれるので、行商人などに重宝されていた。
よく整えられた庭と、ささやかながらしっかりとした作りの小屋。営むのは少々偏屈な中年男性。
元は傭兵稼業で各地を渡り歩いていたらしい。それがどうしてこんな場所でと、初めて利用する旅人は問いかける。
店主も慣れたもので、料理を出しながら、いつものように壁にかかった一枚の絵を指し示した。
「昔の稼業に疲れ切っていた時に、ここでその絵を拾ったんだ。売っちまおうかと思ったんだがな、何だか妙に惹きつけられてね。運命とでもいうか、この場所を絵の中の風景みたいにして、静かに暮らすのも悪くないと思った。それだけの話だ」
「へえ。それじゃあ前からこんな
「とんでもない。この辺はそりゃあ酷いものだった。あるのは雑木林くらいなもの。裏の泉なんて、悪臭放つ泥沼だったからな」
「え? あの美しい泉がかい? そりゃあ冗談だろう?」
「冗談なものか。どこかから水を引いて来れないものかと、ひとまず溜まった泥を掻き出してみたら、底から綺麗な水が湧いてきたんだよ。それでなんとか、ここまで形にできたんだ」
「へえ、それは不思議な話だね」
「全くだ」
『泉の小屋』の愛称で、永く旅人達に愛されるこの小屋。
その壁には、代々、一枚の絵が大切に飾られ続けられた。
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