その絵は時折、嘘をつく〜双子のメイドと旅する絵描き〜

ひろした よだか

第1話 絵描きとメイド(上)

 泥沼にキャンバスを向け、筆を走らせる青年がいた。


 水面に一輪の花でも咲いていれば、まだ絵にもなるだろう。が、控えめに言ってその風景に、見るべきものなど何もない。


 周囲はただ味気なく、思い思いに枝を伸ばす雑木林があるばかり。


 それでも青年は、一心不乱に絵の具を塗り進めてゆく。


 旅人が背後を通り過ぎようとして足を止める。何を描いているのかと興味を持ったようだ。


 後ろから覗き込み、絵と目の前の風景を何度か見比べた。そうして首を傾げると、絵描きに声をかけようとする。


「おい、あんた。一体何を描いて……」


 しかし旅人が、最後まで言葉を投げる事はなかった。背筋がひんやりするような、えもいわれぬ不穏な空気を背中に感じて、口を閉じたのだ。


 恐る恐る振り向いて見れば、立っていたのは二人のメイド。


 このような場所にメイドなどいるはずもないのだが、他に説明できない出で立ちである。


 旅人はやや混乱しながら、二人の顔を交互に見やった。


 双子なのか、整った同じ顔が並んでいる。笑っているのに、まるで好意的に見えない。二人はただ黙って、旅人に視線を向けている。


 なんともいえない恐怖を覚えた旅人は、気押され後ずさると、逃げるようにしてその場を去ってゆく。


 その後ろ姿を見送ったメイド達は、絵描きにゆっくりと近づくと、囁くように言葉を紡いだ。


「フェルメ様、お食事の準備ができました」

「フェルメ、飯にしようぜ」


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「フェルメ様、お食事の準備ができました」

「フェルメ、飯にしようぜ」


 レルタとセレネに耳元で囁かれた僕は、ようやく現実に引き戻される。


「もうそんな時間かぁ」


 そう呟きながら、絵筆を置いて伸びをする。随分と没頭できた。


 ひとしきり凝り固まった体をほぐし、二人の表情を見る。ほんの僅かに不機嫌そうだ。


「あれ、何かあったのかい?」と聞けば、レルタは頬に指先をあてて嘆息し、セレネは不穏な笑顔を作る。


「ええ。ありましたとも」

「不審なやつが、フェルメの背後にいた」


「そうなの? 全然気づかなかった」


「フェルメ様が悪いわけではございません」

「私かレルタが残るべきだった」


 見知らぬ人が絵を覗き込んでいたらしい。集中しすぎて、僕自身は全く気づいていなかった。


 とはいえ、そのせいでレルタとセレネが反省するのは、なんだか申し訳ない気持ちになる。


「僕が不用意だった。ごめん」


「フェルメ様が謝る必要などございません」

「フェルメは好きに絵を描け」


「そうは言っても、僕自身も気をつけないとね」


「いいえ。フェルメ様をお守りするのは私たちの役割」

「そのために私達がこの場にいる」


 この話になると、双子はとても頑なだ。これ以上は不毛な話し合いとなるので、僕は苦笑しながら話題を変える。


「それで、今日のお昼は何?」


 メニューを聞いた僕に、2人は大きく頷いた。


「本日はセレネが良い獲物を狩ってきてくれました」

「レルタがカナン鹿の焼きチーズを作ってくれたぞ!」


 カナン鹿。噛みしめると、香草のような、爽やかな風味が鼻をくすぐる美味しい鹿だ。以前の記憶が呼び起こされて、思わず喉がごくりと鳴る。


「それは豪勢だね。楽しみだ。すぐに食事にしよう!」


 キャンバスをそのままに、僕らは野営地へと足を運んでゆく。


 その場にぽつんと残された絵。


 そこには、青く澄んだ水を湛える美しい泉と、ほとりにある小さな家が。


 さらに、庭の手入れをする中年の男性の姿が描かれていた。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「それで、どうだった?」


 先ほど絵描きに声をかけた旅人は、少し離れた場所にいた仲間と合流。一際体格の良い男が、急かすように旅人に問う。


「身なりからして、どこかの貴族か商家の子息のような若いのと、付き従うメイドが二人。他にはいないようです」


「メイド?」


「ええ。上玉でした。ただ、なんだか薄気味悪い妙な奴らで……。どうしますか、お頭」


 報告を受けた体格の良い男は、醜悪な笑みを見せ、手入れなど十年はされていないぼうぼうの髭を触る。


「どうするって、決まっているだろう? たかが三人。それも身なりが良いとくりゃあ、俺達にとっちゃあこれ以上ねえ獲物だ。妙だろうがなんだろうが関係ねえ。その絵描きを殺して、女も、路銀も全て俺たちが貰う。お前ら! 準備しろ!」


 頭の言葉に、周りにいた4人の手下が歓声を上げる。彼らは日が暮れるのを待ち、フェルメ達の元へと忍び寄ってゆくのだった。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



 舌の上でほろりと崩れ落ちる鹿肉。


 口いっぱいに広がる、カナン鹿の脂の甘み。そして爽やかな風味。さっとかけられたチーズも良い仕事をしている。渾然一体となった味わいに、僕はしみじみとため息をついた。


「相変わらずレルタの料理は絶品だねぇ」


「恐れ入ります」


 カナン鹿の肉の煮込み堪能し、温かいハロ茶で一息つく。


 お腹が満たされた後の、穏やかな時間。空に輝く満天の星に身体を委ねていると、セレネが小さく舌打ちをした。


「どうしたんだい?」


 セレネが立ち上がると、レルタも反応。


「どうやら招かれざる客のようです」

「足音に聞き覚えがある。昼間の旅人が混じってる」


「それじゃあ、挨拶にでも来たんじゃないの?」


「いいえ」

「微かな金属音、武器だな。随分な挨拶だ」


 双子が警戒していると言うことは、敵意あり。そして武器を持っている、か。なら盗賊の類かなぁ。


「狙いは僕らかい?」


「でしょうね」

「始末していいか?」


 淡々と、僕に許可を求める二人。向こうがその気なら仕方がない。


「構わないよ。それで相手は何人くらい? 僕はどこにいたら良い?」


「5人ほどです」

「フェルメはそのままお茶を楽しんでいろ」


「分かった。心配はしていないけれど、怪我しないようにね」


「「もちろんでございます」」


 二人は指をぱきりと鳴らし、闇に向かって微笑んた。




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