33.蓮華
見あげても、見あげても果てのない、金緑色にきらめく巨大樹が、そこにあった。
ルーフルー バールファー
ずっとずっと「読み」続けてきた
そばにきて直接見て、はじめて理解した。虹色に光る強い風が、〈
だけど、そんな美しい景色を台なしにするように、大量の
〈
それは、獣の頭蓋骨のようだった。左右の、こめかみから生えているのは、角だ。それから、その喉元に、ひとつだけ逆さまに生えた虹色にかがやく、こぶし大の
しかし、今は、それどころではなかった。怨墨本体の頭上高くで、今まさに、ウタマクラが、墨のかたまりに飲みこまれようとしている。そこに「ぴいいいいっ」と、さけびながら、ミズルチが飛びこんでいった。
「ミズっ!」
カイトがさけぶと同時に「どきたまえ!」と後ろから裏返った声がさけんだ。見れば、まるで
「さあ行くんだ、
ばばばばば! と、
「これサイズ調節もできるのか⁉」
湯葉先生の驚き顔に、シネラマは「ははん、僕を誰だと?」と、ほこらしげに胸をはる。発射された大量の巨大な
「ななななんなんですか! その奇妙な腹立たしいものを吐きだす男は! その装置は!」
「オウ! どうやら想定外のガイ! 効果テキメンだったようだね。さすが僕の発明!」
「ひゃっほう」と、喜んだシネラマだが、それどころではない。カイトはかけだした。
「ミズ! 早く、そこから出てくるんだ!」
「ぴいいいっ」
黒いもやの、かたまりのなかから、ウタマクラを抱えたミズルチが、飛びだしてきた。いつのまにか、傍にかけよっていたバッソが、「ミズルチ!」と、さけぶ。「ぴいっ」と、返事をしたミズルチが、バッソのところへ急降下し、そのうでのなかに、ウタマクラを落とした。そして、自分はカイトの下へ一直線に飛び、うでのなかへ飛びこんできた。
「ミズ!」
「ぴにゃっ」
ミズルチは、ふるえながらカイトの顔に頭をすりつけた。カイトは泣きそうになりながら、ぎゅっと抱きしめる。怨墨のなかにつっこんだ、ミズルチの全身は墨だらけで、身体中の
「この
怒りをあらわにした、
「シネラマさん!
カイトがさけびながら、ふり返ると、湯葉先生の上で情けない顔をして、かちかちと銃を撃ち続けるシネラマが「液ぎれだぁ! すまなぁい!」と悲鳴をあげた。その下で湯葉先生が「馬鹿! 役立たず!」と、めずらしく率直に、罵っていた。
「バッソさん!」
目の前で、バッソとウタマクラに、怨墨が襲いかかる。だめだ、まにあわない! しかし、「来い!」とバッソは、さけび、ウタマクラを、きつく抱えこみながら、わざと自分の顔を前に、突きだした! とたん、ぎゅうううん! とお面の絵の口に、怨墨が吸いこまれてゆく! それを、すぐ間近で見ていたウタマクラは、思いだしていた。そうだ、バッソは言っていた。
真っ黒に染まったバッソのお面が、ひらりと、その顔からすべりおちる。
まっすぐな黒髪に、真っ白な肌。赤いくちびる。この世のものとは思えないくらいに美しい、まるで伝説に聞く聖女か、白雪姫のような顔が、激しい怒りをこめて、怨墨を睨んでから、苦し気にウタマクラを、見おろした。
ウタマクラを抱きとめるバッソのうでに、ぐっと強く力がこめられる。ウタマクラは、苦し気に、だけど、健気に、ほほえんだ。そして、バッソのほおに、そっと指先でふれた。
「――ありがとう……でも、あまり近づかないで」
「ウタマクラ」
「
バッソは、ほおに触れられた指を、ぎゅっとにぎりしめた。
ウタマクラのほおや、ひたい、それに、くちびるは、墨で真っ黒の、まだらに染められている。〈竜の一族〉の身体は、
バッソは、あわててヒップバッグのなかから、紙鉄砲を取りだすと、広げてウタマクラの顔にあてた。しかし、うっすらとしか、墨を吸いとれない。
「くそっ……くそっ!」
バッソは、白雪姫のような、きれいな顔に、怒りをこめて、ゆがめた。ぎりりっと音をたてて、歯ぎしりしたのが、カイトの耳にもとどく。しかし、そんなふたりを前にしても、カイトには、どうすることもできない。カイトだってミズルチの身体を、広げた白紙で、ふいてやるくらいしかできない。〈
母さんと、まちがえられていただなんて、信じられない。白い服だけど、白衣じゃない。あいつが着てるのは白いスーツだ。短い茶髪といったって、あいつはツンツントゲトゲだけど、母さんのはウエーブヘアだ。メガネだって、母さんのメガネは、つるがほそい銀のかっこいいやつなんだ! ツナグ兄ちゃんが誕生日プレゼントに買ったものなんだ!
笑っているのか、怒っているのかも、よくわからない顔で、怨墨の本体は、もう、ぐにゃんぐにゃんに、ゆがんで、宙に浮いている。その足もとでは、墨につかまった〈
と、うでのなかから、ミズルチが、ふわりと飛びだした。まるで、やわらかいなにかが、すりぬけたようだった。くるりと、その場で回転して、いつもみたいに、上手にホバリングしている。そして、ミズルチは、カイトの顔をじっと見た。
ミズルチの、青みがかった白銀色の
ミズルチの飛んだあとには、きらきらと虹色の光がこぼれていた。翼から、全身から、虹の光のカーテンみたいなものが形作られてゆく。それが、パキパキと凍りつくように、何重にも重なっていって、虹の花のようになった。そして、ミズルチは、バッソのうでから、やさしくすくいとるように、ウタマクラを抱きあげ、そのまま天高く飛びあがった。
羽ばたいたあとに、まるで細い茎のような虹の柱が残る。ミズルチとウタマクラを包みこんでいた虹の花は、まるで、大きなおおきな、
それから、〈
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