2.兄ちゃんのお下がりってだけだ。
***
それは、すさまじい台風だった。〈シマエナガ〉と名づけられたその台風は、まちがいなく近年で一番の大型台風で、南北に弓なりに長い島国である、このアキツシマ連合王国を、南から北まで、ていねいに、なぞるように通過していった。木々は押したおされ、田んぼのイネは水に浸かり、河の水はあふれて、家や建物は泥だらけになった。カイトが暮らすヒルミ村にも、〈シマエナガ〉は直撃した。カイトの家は丘の上にあるので、水の被害は受けなかったけれど、代わりに、庭のソメイヨシノの太い枝が、一本おれてしまった。
〈シマエナガ〉台風が通りすぎた翌朝、ばあちゃんは玄関から出てまず、家の後ろにそびえる、ミガクレ山を見あげて、心配そうに眉をよせた。
「
カイトも、ばあちゃんの横にならび、少しだけ目を細めて、お山の中腹あたりを見つめた。台風がすぎさったあとは、いつだって騒がしい。あちこちから音が重なって響いてくるから、〈
ああ、「読め」る。小さな、小さな、歌うような〈
ルーフルー バールファー
ささやくような、だけど、たしかでやさしい〈音〉。それで、カイトもほっと息をもらす。
「ばあちゃん。
「そうか。カイトがそういうなら、きっと大丈夫なんだろう」
そういって、ばあちゃんは「ほう」と、小さく安堵のため息をこぼした。
ミガクレ山には、
カイトの母方の家系は、この
それに――実のところ、カイトたちにとっても、それは「渡りに船」の話だったのだ。
きらりと、足もとの水たまりのなかで、太陽が光った。
「じゃあカイト、なかにもどって、朝ごはんにしようか」
「うん。あ、でも祠自体はどうなってるか心配だから、オレ、ちょっとようす見てくるよ」
「今からかい? ごはんは」
「あとでいい」
祠さまは、急いで歩いて、十五分くらいのところにある。
「そうかい。すまないね。もし、とちゅうで山道が荒れているようならば、無理はしないで、もどるんだよ。役場の
「うん」
カイトは玄関をあがり、二階の子ども部屋に飛びこむと、PCを立ちあげた。グローブをはめ、
たしかに、担任の
階段を、かけおりる。おりたすぐ先には台所がある。入り口にはピンクや黄色、緑、青、白と、カラフルなビーズの
――〈
視界を横切った青いその文字に、カイトは思わず足を止めた。いきおいを残した白いソックスが、廊下の上を、きゅっとすべる。その四つの漢字は、どんなときも、カイトの頭から離れたことがない。「〈
キャスターの、茶金色の髪がなびき、純白の犬歯が、きらりと光る。
『宇宙のかなたより、未知の生命体が発してきたという〈
胸の奥が、ぐっとつまる。いつもは明るく親しみやすいと感じているニュースキャスターのおじさんが、急に憎らしくなり、カイトは顔をしかめた。たまりかねて、ぐるりと居間に背中をむける。居間の反対がわには、ばあちゃんの寝室をかねた仏間がある。お仏壇には、お線香があげられていて、その前に十代半ばくらいの少年の笑顔の写真と、お供え物の干し柿があった。カイトは少しだけ止まってから、やっぱりいつものように、お仏壇の前にちょこんと正座して手をあわせた。その目は、じっと写真の少年にそそがれている。
手なんかあわせてるけど、オレ本当は信じてないから。兄ちゃんは死んでなんかない。ただ、宇宙で迷子になってるだけなんだ。みんな、
カイトは立ちあがると、玄関の壁にしつらえてある帽子かけから、緑のキャップをとりあげた。それをぎゅっと目深にかぶり、前をにらみながら家を飛びだした。
形見の帽子だなんて認めない。これは、ただ兄ちゃんのお下がりってだけだ。
その内がわには、はでな黄色で「
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