Project:OVER

つきみぐー、

序章① アンチホープ (1/2)

-『外ナル神ガ目覚メ、コノ多元宇宙ハ崩壊スル。』-


-『守護者ヨ。我ノ言葉ニ耳ヲ貸セ。』-


-『破壊ヲモッテ世界ヲ繋グノダ。』-


-『夢幻ノ力ヲ束ネ、結集セヨ。』-


-『コレガ最後ダ。』-


暗闇で響く謎の声から我に返る。

目を開け、眼前に広がる世界に息を飲んだ。


「なんだよこれ…」


受け入れがたい状況に声が漏れる。足の力が抜けていくのが分かる。


毒々しい色に染まる空、立ち込める黒煙、跡形もなく倒壊した建造物、無残にも引き千切られた嘗てヒトであったもの。現実と言われても到底受け入れようのない光景はまさに悪夢と呼ぶに相応しく、正気を保つのが精一杯だった。

這ってでもこの場を離れようと大きく息を吸い、グッと腕に力を入れて身体を後方へ引く。


「ダメ!見つかってる!」


誰かの声が響く、力を込めるために下げていた視線を起こすがその姿は見当たらない。


「そっちじゃない!もう後ろまで来てる!」


声の情報を頼りに首を回して斜め後ろを見上げた。

そこに在ったのは。






「■■■■■■■■■■!!!」







名状しがたき姿をした巨大な怪物だった。


大きく振り下ろされた何かを認識する間もなく、視界が赤く染まり、歪んでいった。



--------------------



見渡す限りの荒野が広がっている。


ここは宗教国家フェアリースの西にあるキリシュタル荒野。


普段は風が駆け抜けるだけの閑散とした場所だが、今日は少し様子が違うようだ。


「敵対勢力補足…!おそらく単騎です!」


「また単騎か…舐められたものだ。攻撃開始!一斉に畳み掛けろ!」


伝令を受け取ったフェアリース聖騎士団の大隊長、エスパーダの号令が高らかに響いた。

それに応じるかの様に他の騎士たちも"ワーッ!"と声をあげて進んで行く。


ここ数年、フェアリースはその信仰体制に反発するレジスタンスとの衝突が相次いでおり、まさに今もフェアリースの大司教直属の聖騎士団がレジスタンスと交戦中である。


彼らの眼前には初見では足が竦んでしまうほど禍々しい黒色の外殻を纏った人物が立ちはだかっている。

その手には身体の1.5倍ほどの大きさはある金属製の槍が握られていた。


「黒の外殻にあの大槍、間違いないな。各部隊に伝えろ。敵はレオナルド・ヴェルメーレン、"アンチホープ"だ。」


号令をあげ、双眼鏡で目標を確認した大隊長が続けて指示を出すと伝令役の騎士たちが一斉に散会し馬を走らせる。


「アンチホープ…またか…」


「俺たちも無事では済まないかも知れない…」


"アンチホープ"という名が出ると同時にある騎士は息を飲み、別の騎士は自身の身を案じた。


ここ数年のレジスタンスとの抗争において、フェアリース聖騎士団は圧倒的に優勢であり、兵力、指揮系統、物資量、ほぼ全ての点においてフェアリース聖騎士団はレジスタンスのそれを上回っていた。故にこの抗争が終結するのもそう遠くないと考えている騎士たちが多かったのである。


しかし、半年前のある出来事をきっかけに戦況が一変した。

レジスタンスの筆頭、レオナルド・ヴェルメーレンが謎の黒い外殻を纏い戦線で猛威を振るい始めたのだ。


以前は生身で大槍を振り回す戦闘スタイルのレオナルドだったが、その実力は小隊長数名で相手出来る程度であり、聖騎士団にとっては脅威となり得るほどの存在ではなかった。


だが、黒い外殻を纏ったレオナルドは聖騎士団の想像を上回るほどの戦闘力を有していた。

半年前には彼1人によってフェアリース南側、ケオス森林付近警備部隊が壊滅、その次の月には隣国とフェアリースを繋ぐ渓谷の守衛部隊が撃破され、国内への食糧輸送ルートの一部を分断された。

その後も東側、北側と前線部隊が深刻な被害を受け、この半年間で戦線から離脱した負傷者は約2,000人。負傷した騎士のほとんどが一等級から二等級までの従士ではあるが、15,000人ほどから成り立っている聖騎士団にとっては非常に大きなダメージである。

漆黒の外殻を纏い、自らを「望の否定者 -アンチホープ」と名乗るレオナルドは聖騎士団にとってはまさに絶望の象徴であった。


「現在の戦況は?」


「敵対勢力”アンチホープ”は10分ほど前にキリシュタル荒野の物資輸送拠点を破壊し、現在はそこから1kmほど南西に移動した位置、我々の地点からは北西に500m先で交戦中です。”アンチホープ”1名に対し、こちらは従士約100名、聖騎士6名で応戦、拠点における負傷者の情報はまだ届いていません。」


エスパーダの問いかけに対し、伝令役の騎士が冷静に答える。


「レジスタンス1名にこうも易々と拠点を破壊されるとは…。これ以上被害を拡大させるな。応援部隊を荒野南西の骸骨水晶側からも回して奴の移動範囲を制限し…」


「エスパーダ大隊長!」


1人の伝令がエスパーダの部隊への指示を遮るかのように駆け込み、声をあげた。


「何だ!聖騎士団屈指の軍師と名高い吾輩の言葉を遮ったからには、それ相応の情報だろうな?」


「騎士団長アルドリック・ヴィレ様が到着されました!」


それまで深刻な顔つきのエスパーダであったが、その報告を聞くと少しだけ表情をやわらげた。


「…おお…騎士団長が自ら…これは心強い!こちらへお呼びしろ。一刻も早く戦況を共…」


「エスパーダ大隊長。騎士団屈指の軍師と名高い貴殿の言葉を遮るようで申し訳ないが、既にその報告は受けているよ。」


エスパーダの背後から発された声の主に周囲の騎士たちの注目が集まる。

そこにはフェアリース騎士団の紋章が施された白いロングコートに身を包んだ長身の男性が立っていた。その銀髪は荘厳な輝きを放ち、曇りのない真っ直ぐな碧い瞳でエスパーダを見つめている。

彼の名はアルドリック・ヴィレ、フェアリース聖騎士団長と、騎士団の中でも大司教の警護を担当する軍隊 -不死鳥(フェニクス)- の軍隊長を兼任している。


「騎士団長。貴方にはかないませんな。軍師などとは恐れ多い。吾輩程度ではレジスタンス1人に対してもこの有様…どうかお力添えを願いたい。」


自身の発言の痛い部分を突かれ「してやられた…」と苦笑いを浮かべつつも、エスパーダはアルドリックに助力を願った。


「なに…別に貴殿が力不足というわけではないだろう。気にすることはない。今のレオナルドは現状フェアリースにとって最大の脅威と言っても過言ではないからね。ここからは僕が鷲獅子(グリフォン)の指揮を執るよ。軍隊長のベアトリクスには許可を取ってある。まぁそもそも騎士団長の権限的に許可を取る必要はないんだけどね。」


鷲獅子はフェアリース騎士団の中でも拠点防衛などを担当する軍隊である。

エスパーダもこの鷲獅子に配属されており、名前の挙がったベアトリクスとはこの鷲獅子の軍隊長である。


「なんと…騎士団長自ら…!?一体どんな策が…?」


驚きと期待のあまり声を荒げるエスパーダ。

周りの騎士たちも"おお…"と僅かに声を漏らした。歓声をあげないのは彼らなりのエスパーダへの気遣いなのだろう。


「え?僕がサシでやるよ。前線の兵士はみんな下がらせて、後は終わるまでみんなここで待機ね。」


「ちょ…サシって…えぇ…」

呆気にとられるエスパーダや鷲獅子の騎士達を他所に、アルドリックはレオナルドの元へと馬を走らせた。



[数刻前]


キリシュタル荒野の北西では前線を担当する鷲獅子の騎士達とレオナルドが対峙していた。既に数名の騎士が地に伏せており、レオナルドから攻撃を受けたことが伺える。

レオナルドの大槍に刺されたと思われる傷口は出血こそしておらず命に別状は無いものの、酷い火傷を負った状態で早急な手当てが必要であった。


「さぁ、次はどいつだ。」


レオナルドが騎士達を挑発する。

黒い外殻を纏っているせいか、騎士達にはその声色は少し歪んで聞こえていた。


「くっ…我々では手も足もでないのか…」

「何を言っている!ここで聖騎士団が引いたらフェアリースはどうなる!」

「まだだ…我々フェアリースの民には神のご加護が…!」

「神の名のもとに反逆者には制裁を…!」


強大な敵を前に騎士達はお互いを鼓舞し合う。その様子にレオナルドは苛立ちを覚えた。


「そういうのが気に入らねぇんだよ。居もしない奴、有りもしない希望に縋らないと何もできない癖に、自分たちより力や金の無い奴からは搾取して、挙句の果てには迫害する。それも神様って奴の教えなのか?」


レオナルドの問いかけに応える騎士はいなかった。


フェアリースは人口150万人からなる宗教国家であり、その都市部は綺麗な円形で、周囲を大きな外壁で覆っている。

また、都市の中心には、壁外からでも目視できるほど巨大な教会が存在し、その中には信仰の対象となる石像が安置されている。

国民のすべてがその居住地に関わらず、大司教を中心とした教団への納税を”信仰心を示す”という名目のもと義務付けられており、その信仰を疎かにする者は”反逆者”や”異教徒”として相応の懲罰、迫害を受けていた。

フェアリースではこれを”国家信仰繁栄法”と定めている。


この”国家信仰繁栄法”により、フェアリースの勢力が増大する一方で、それに抗う勢力が存在していた。レオナルドが現在所属する武装集団、レジスタンスである。


総勢約150名からなるこのレジスタンスをまとめるのが、"怪腕(かいわん)のエリザベート"、"絶疾風(たちかぜ)のガウル"、"鷹眼(ようがん)のクラウディア"の三首長と呼ばれる存在である。三首長のみを主戦力としたこれまでのレジスタンスは、フェアリースにとって然程脅威とは言えなかった。


しかし、アンチホープと呼ばれるレオナルドの武装、およびそれと同時期に起こったフェアリース聖騎士団 -天翔馬(ペガサス)-の軍隊長、シフィナ・エーデルシュタインのレジスタンスへの寝返りが要因となり、その勢力図は半年前とは異なるものとなっていた。


「まぁ…尻尾巻いて逃げ出すならそれまでだが、立ち向かってくるなら容赦はしねぇぞ。」


レオナルドの足が地面を強く蹴り、騎士達との距離を一気に詰める。

彼が右手に構えた大槍で騎士の1人を弾き飛ばそうとした瞬間、その大槍が何者かによって大きく跳ね除けられた。


「おっと失礼。こちらの舞踏会は今からでも参加できるかな?」


レオナルドの攻撃を阻んだのはアルドリックであった。


「チッ…ウゼぇのが来たな…天下の騎士団長さんがこんな荒野の外れまでわざわざ出張かよ。」


「心外だなぁ。君のために出向いたというのに。」


レオナルドの挑発にも余裕のある笑みを浮かべながら言葉を返すアルドリック。


「とはいえ、舞踏会にしてはちょっとやり過ぎだな。レオナルド、これ以上君の自由にさせるつもりは無いよ。ここからは僕が相手をしよう。」


「口数の減らねぇ野郎だ…。これ以上舐めた口叩いたら…殺すぞ。」


「ほう…君が僕を?ぜひ見せてもらおうじゃないか。できるのならね。」


“これ以上は何を言っても無駄”と察したのか、レオナルドは口を閉ざした。

二人の視線が交差し、荒野に一瞬の凪が訪れる。


レオナルドが大槍を構え、前へ踏み出そうとする。


-「コラー!レン!殺すのはダメって言ってるでしょ!」-


レオナルドの頭の中に甲高い少女の声が響いた。


-「チッ…もっとウゼぇのが来たな…。いつから聞いてたんだよ。」-


-「ウザいって何よ!あんたが作戦無視して好き勝手暴れるからでしょ!こっちは回収済んだから早く戻ってきて!」-


「どうした?来ないのか?」


レオナルドの殺気を感じなくなったことでアルドリックが不思議そうに問いかける。

少女の声はレオナルドの脳内に直接送りこまれているもので、アルドリックや騎士達には聞こえていないようだ。


「事情が変わった。また暇ができたら遊んでやるよ。」


そう言うとレオナルドは大きく地面を蹴り、到底人間とは思えぬ跳躍力と速度でその場を去っていった。

その後を追おうとする騎士達をアルドリックは片手で制す。


「今は追わなくていい。それよりも他の隊に急いで情報を共有してくれ。

あと、鷲獅子の管轄エリアにある都市南西の地下金庫を調べて欲しい。この騒ぎであそこは今警備が手薄になっているはずだ。」


あの僅かな瞬間でレオナルドの殺気が消えたことにアルドリックは何かを察していた。

騎士を制止しながらも、彼の視線は遠退いていくレオナルドの背中を静かに追っていた。


【序章① アンチホープ 1/2 へ続く 】

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