近未来護身術「アダマンタイトのパンツ」

木村ポトフ

第1話 ヒロイン登場

「女川に、ようこそ」

「こんちわ」

 私たちのお客さんは、絵に描いたような「体育会系」でした。

 黒いタンクトップにデニム地のホットパンツ。アタマにはツバがやけに大きい半透明のサンバイザー。足元は裸足にオレンジ色のクロックスです。恰好だけ見れば、小学生女子かよ、とツッコミたくなるような感じですけど、中身は男まさりの筋肉りゅうりゅう。背丈も180はあるでしょう。沖縄とか鹿児島とか、南国育ちを思わせる、真っ黒に日焼けした肌をしています。背中のバックパックはグレゴリーの50リットル越えと、大の男も持て余すサイズなのに、軽々と背負っています。

 私は思わずつぶやきました。

「ひょっとして、アメリカ人?」

「違うよ。自分、千葉生まれの千葉育ちッス」

 そう言って彼女はタンクトップの肩ひもの部分を、ずらして見せました。日に焼けてない部分は真っ白で、コントラストがすごい。

「ライフセーバー、やってるから。クーラーが利いてるオフィスで、事務仕事をしているOLさんとは、違うよね」

 もっとも、男まさりなのは、ここまでのようです。

 首から上は化粧気が全然ないのに、モデルさん……アイドルさんみたいな、美人。

「みたいな、じゃなくって、実際にモデル、頼まれてやったりするっス」

 ライフセーバーの仕事優先でやってるから、頼まれたモデルの3分の2は断っているそう。代わりにユーチューブに動画を上げて、稼いでいるそう。

 同行したてれすこ君が、忘れずにここで彼女に確認をとりました。

「わらびちゃんが言ってた、女川でライフセーバーのボランティアをしたい人、なんですよね」

「はい。香取イスミっていいます」

 イスミさんは、苗字でなく、下の名前呼びしてくれ、とも言いました。なんでも、ユーチューブやモデルで使っている「芸名」が、名前そのまんまの「イスミ」なのだそうです。友達も、ビジネスの相手も皆「イスミ」さん呼びなので、今さら「香取」と呼ばれるのは、違和感ある、とも言われました。それでは……と、私たちも「海碧屋」「てれすこ」と屋号呼びを、頼みました。

 さて。

「なんでも、ただボランティアするだけでなく、小学生中学生向けの教室、開きたいとか」

「本格的なのは、ちゃんとライフセービング協会の許認可もらってってなるから。下準備、みたいなのを考えてます」

「ほほう」

 わらびさんから事前情報を仕入てきただけあって、彼女は日中の一番暑い時間を避けてきました。女川駅到着は日がすっかり暮れてから、の19時12分。

 例年なら、ヒグラシがけたたましくなる時間で、海風が涼しく感じられるくらいなのですけど、どうもこの日に限って気温は落ちてくれません。この日の宮城県内の最高気温地点は石巻だったとのことで、地域的に熱波が強かったみたいです。

 てれすこ君が荷物を預かろうとしましたが「平気、平気」という返事。

 それより「酒を飲みたい。夕食は途中、駅弁の牛タン弁当を食ってきた」というリクエストに答え、早速シーパルピア商店街へと向かいました。相手はなんと言っても年頃の美人です。居酒屋よりバーみたいなオシャレなところがいい、とてれすこ君が言い出します。それで私たちは、普段なら宴会の二次会等で流れていくお店、シュガーシャンクに案内することにしました。

 シュガーシャンクはリーズナブルで種類が豊富なカクテルをおいています。石巻焼きそば等、酒のアテも絶品。経営者は崎村君という、落書きアートをする気さくな若者です。だからということもないですが、お店の内装もたいそうオシャレ。平日午後七時八時くらいだと、たいていテーブル席も空いているのですが、この日はどこかの団体さんが来ていたとかで、私たちはカウンターに並びました。

 崎村君とは「職域防犯パトロール」通称「青パト巡回」という防犯ボランティア団体で知合いました。2人一組で盆・暮れの夜8時から町内一円を青パトで回るのですが、この時の私のパートナーが、崎村君なのです。

 女川のことを紹介する語り口としてちょうどいいので、私はこの防犯パトロールの紹介をしました。夜回りで立ち寄る、コバルトーレ女川のためのサッカースタジアムや、夜半でも賑やかな、このシーパルピア商店街の話です。特に夜の漁港は観光用のライトアップがされているわけでもないのに、立ち並ぶ船舶が偉観を放っています。この時期には、独特のライト装置を装備した、棒受け網のサンマ船、見上げるような大きさの遠洋カツオ船などが停泊しています。

 アルコールは好きだけれど、そんなに酒に強くない、というイスミさんは、最初のカクテル2杯でぐでんぐでんに……いえ、ケタケタと笑いが止まらない、笑い上戸になってしまったのでした。

 私が一通り女川の紹介をしたあと、てれすこ君が逆にイスミさんに質問しました。

 そもそも、町役場では「お試し移住」という、中長期滞在して町を見て回る人用のプログラムがあり、シェアハウスに格安で滞在できるほか、各種サポートも受けられるはず。純粋な観光でなく、ライフセーバー教室をしたい、というイスミさんの希望なら、間違いなくプログラムの適応を受け入れられるはずですが……。

「わらびちゃんたちは、親戚だからウチに泊めはしたけれど、いくらお金の節約のためって言ったって、わざわざ狭い我が家にホームステイする必要、ないでしょうに」

 しかしまあ、頼まれれば渋々でも引き受けるのが、てれすこ君のいいところなのかもしれません。イスミさんはニコっと怪しげな笑顔を浮かべました。

「わらびちゃんたち姉妹から聞いたんだけど、絵に描いたような美少年中学生がいるって」

 てれすこ君は苦虫を噛み潰したような顔になり、「またか」とつぶやきました。

 そう、彼の息子ショート君は、年上の女性受けする……お姉さんに可愛がられるタイプの美少年なのです。わらびさんたち姉妹も、それを目的として、女川に遊びにきていました。

「もうすぐ港まつりだから、その準備というか、練習で忙しいんですよ、我が息子は」

 女川町最大のイベント、港まつりの目玉に「海上獅子舞」という演目があります。船の上で獅子舞を舞いながら、湾内をぐるりと一周するという出し物です。当日出航する14隻のうち1隻に、ショート君は乗せてもらうことなっていたのでした。

「今ごろ、町の体育館か、どこぞの浜の番屋で、太鼓叩きの練習中」

 イスミさんはケタケタ笑い声をあげました。

「なーんだ。ざんねん」

「練習してなくとも、居酒屋には連れてこないですよ。れっきとした中学生なんですから。教育に悪い」

「ええっー。居酒屋店主の息子、なのにっスか?」

「息子を虎視眈々と狙っている、お姉さんがいるからに、決まってるでしょ」

 でも結局、私たちはショート君を召喚することにしました。イスミさんが本格的に酔っ払ってしまい、彼女を担いで、てれすこ君のアパートに運んでいくことになったからです。身長が少しくらい高かろうが、マッチョだろうが、しょせん女性、大の男が2人もいるのですから、担いでいくはたいしたこと、なかろう……。しかし私たちの目論見は外れました。力の抜けきった、ぐでんぐでんのイスミさんは、たいそう重かったのです。

 本体……イスミさん自身に加えて、50リットルあるバックパックも問題でした。床に置いてあるそれを引っ張り上げようとしても、根を生やしたようにピクリともしなかったのです。

「よる年波には勝てないねえ、てれすこ君」

「加えて、日頃の不摂生のせいもあるかもしれません、海碧屋さん」

 ジジイ2人が困っているところを見て、崎村君が自家用車での送迎を申し出てくれました。しかし、てれすこ君も元・居酒屋店主です。わざわざ車を出してもらう距離じゃなし、なにより、営業中に迷惑はかけられないから……と結局ショート君を呼び出したのです。

 すっかり酔っ払っていたイスミさんを、ショート君に背負わせようとすると、彼女は「お姫様だっこして」とゴネました。男子中学生は、我々ロートルに比べれば、間違いなく腕力はありました。けれど、自分より背が高い大柄な女性は手に余ったようです。イスミさんは「ダッコ」とつぶやいて、正面からショート君にしがみつきました。キレイなお姉さんに抱き着かれ、ショート君は顔を真っ赤にしました。興が乗ったのか、悪ふざけか、イスミさんはゆっさゆっさと身体を揺さぶると「頭がフットーしそうだよおっっ」と叫んだのでした。

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