あなたの死前喘鳴の記憶。

@StudioAMONE

第一話「あなたの死前喘鳴」

八幡浜市保内町、夏の夕暮れはどこか重々しい。蝉の声も途切れがちで、熱気を帯びた空気が肌にまとわりつく。午後7時30分。薄暗い曇天の下、空気は息苦しいほど湿っていた。時折吹く微風さえ、蒸し暑さを和らげるどころか、むしろその湿気を拡散するかのようだ。世界全体が抑圧的な空気に包まれ、何かが起こる前触れのような不穏さを漂わせていた。

賢治は自宅の二階にある狭い自室で、無機質な蛍光灯の明かりを浴びながら、机に肘をついて父との口論の余韻に浸っていた。部屋の窓から見える景色は、雨雲が垂れ込める灰色の空に覆われ、遠くの山々は霧に包まれてぼんやりとしか見えない。彼の心中もまた、まるでこの曇天のように、重く、何かが引き裂かれるような痛みを抱えていた。

彼と父、仁との口論はいつもと変わらぬ些細なことから始まった。勉強のこと、学校での態度、そして将来のこと。賢治は父の言葉を受け流すことができなかった。反抗期の真っ只中にある彼は、自分の感情をコントロールできず、理性を失ったまま言葉を吐き出してしまった。「お前は何も分かっていない」と、喉の奥から絞り出すように吐き捨てた瞬間、部屋の空気は一気に張り詰めた。

仁の顔に浮かぶ怒りと失望の表情を見ても、賢治の心は揺らぐことはなかった。父の愛情や心配が裏目に出た結果であることは、賢治自身も理解していた。しかし、その理解が彼を止めることはなかった。むしろ、心の中に芽生えた苛立ちがますます膨れ上がり、無遠慮に父を傷つける言葉を投げかけてしまったのだ。

言葉の暴力は物理的なものとは異なり、瞬間的には目に見えない。しかし、言葉は確実に心を抉り、深い傷を残す。賢治の投げかけた言葉は、まるで鋭利な刃のように父の心に突き刺さり、二人の間に深い溝を生み出した。その溝は、今や修復不能なほどに広がってしまったかのように感じられた。

父の怒りはすぐに冷静さに変わり、彼は賢治を無視するようにして立ち去ろうとした。しかし、賢治の中で何かが切れた。無意識のうちに、賢治は机を力任せに叩きつけ、その音が部屋中に響き渡った。仁は驚きと同時に悲しみを感じたようで、目を伏せたまま言葉を探していたが、結局何も言わずに部屋を出て行った。その後ろ姿に、賢治は言いようのない虚しさを感じた。

それでも、賢治は父のことを追うことなく、ただ部屋に座り込み、自分自身を抑えることができなかったことへの後悔と混乱の中で、感情を整理できずにいた。頭の中では、「何であんなことを言ってしまったのか」「父はどうして自分を理解してくれないのか」といった思考が堂々巡りし、心の中で何かがぐるぐると回っている感覚が拭い去れなかった。

そんな時、不意にドアが開き、仁が部屋に戻ってきた。父は無言のまま、賢治の視線を避けるようにして、一つの包みを手にしていた。それが誕生日のプレゼントだと気づいた瞬間、賢治は言葉を失った。父は賢治の誕生日を祝おうと、わざわざ用意していたのである。包みの中には、賢治が以前から欲しいと言っていた腕時計が入っていた。

仁は、静かにその包みを賢治の机に置くと、何も言わずに部屋を出て行った。その瞬間、賢治の胸の中で何かが崩れ落ちた。涙がこみ上げてくるのを感じたが、それをどうすることもできなかった。彼はただ、無言のまま父の後ろ姿を見送ることしかできなかった。

しばらくして、賢治は立ち上がり、父の後を追って家を飛び出した。玄関を抜けると、外は先ほどまでの曇り空が嘘のように、暗い雨雲が空を覆っていた。雨がしとしとと降り始め、賢治の顔に冷たい滴が当たる。彼は無意識のうちに、走り出していた。心の中で、先ほどの口論が何度もリピートされている。

「どうしてあんなことを言ってしまったのだろうか」「父はどこへ行ったのか」。混乱する頭の中で、さまざまな感情が交錯していた。しかし、賢治はそれをどう整理することもできず、ただ父の姿を求めて、雨の中をひたすら走り続けた。

道を駆け抜け、角を曲がると、そこには見覚えのあるシルエットが見えた。父、仁の姿だった。賢治は思わず叫びそうになったが、次の瞬間、轟音が耳をつんざいた。目の前で、父が車に轢かれる光景がスローモーションのように映し出された。

体が凍りついたかのように、賢治はその場に立ち尽くした。目の前で倒れた父の姿が、現実なのか、悪夢なのか、判別がつかなかった。仁は動かない。雨がますます激しく降り注ぎ、父の体は濡れたアスファルトに沈み込んでいくように見えた。

賢治は、その光景をただ見つめることしかできなかった。声が出ない。体が動かない。全身が恐怖と絶望に包まれ、まるで時間が止まったかのように、何も感じられなかった。雨音だけが、無慈悲にその静寂を切り裂き、賢治の心に深く突き刺さる。雨が冷たく、鋭く、肌を刺すように降り続ける中、賢治は父の名前を心の中で何度も呼び続けた。

だが、その声は夜の闇に吸い込まれていくだけで、何も響いてこなかった。まるで、この世界が現実ではなく、悪夢の中にいるかのような感覚に囚われ、賢治はただ、父の名を繰り返すことしかできなかった。

轟音の余韻がまだ耳に残る中、賢治は父の倒れた姿を見つめていた。動くこともできず、言葉を発することもできず、ただその場に立ち尽くしていた。雨は激しさを増し、濡れたアスファルトに父の体が沈み込むように見える。恐怖と絶望が一気に押し寄せ、全身が麻痺したかのように感じた。

しばらくして、ようやく意識を取り戻した賢治は、父のもとへ駆け寄った。だが、その足取りはふらつき、膝が崩れ落ちそうになる。仁は動かない。顔色は青ざめ、血の気が失せた顔が雨水に濡れて光っている。賢治の手は震え、息が詰まるような感覚に襲われた。「父さん！」と叫んだが、その声は雨音にかき消されるだけだった。

何も考えられないまま、賢治は無我夢中で携帯電話を取り出し、震える手で救急車を呼んだ。言葉がうまく出てこないが、なんとか状況を伝えることができた。救急車の到着までの数分間が、永遠のように感じられた。賢治は、ただ仁の手を握りしめ、心の中で「生きていてくれ」と祈り続けた。

救急車が到着すると、賢治はその場で固まったまま、救急隊員たちが仁を慎重に担架に乗せるのを見守ることしかできなかった。彼らの動きは素早く、しかし確実で、仁の状態を確認しながら、素早く応急処置を施していた。だが、その一連の動作が、賢治にはまるで現実感がなく、どこか別の世界で起こっているかのように感じられた。

救急隊員の一人が、賢治に「病院まで付き添ってください」と声をかけた。彼はその言葉に反応し、震える足を引きずるようにして救急車に乗り込んだ。車内では、仁の容態を見守る救急隊員たちが、必死に彼を救おうとしていた。賢治は、その様子を呆然と見つめるしかなかった。

救急車が走り出すと、サイレンの音が耳を突き刺し、車内の緊張感が一層高まった。賢治は、父の顔を見つめながら、「なぜこんなことになったのか」と自問自答するしかなかった。あの口論がきっかけで、父が家を出て、そして事故に遭ったのだという事実が、心に重くのしかかる。

しかし、賢治にはもう後悔する時間すら与えられなかった。車内の空気はますます張り詰め、賢治の心は恐怖と罪悪感で押しつぶされそうだった。救急車はスピードを上げ、緊急手術のために仁を病院へと運ぶ。賢治は、その緊急性を感じつつも、何もできない自分自身を責め続けていた。

病院に到着すると、すぐに仁は集中治療室へと運ばれた。賢治はその姿を目で追いながら、無力感に苛まれた。集中治療室の扉が閉まる瞬間、彼は立ち尽くし、深い絶望の中で涙が止めどなく流れた。

賢治は病院の待合室で、ただ時間が過ぎるのを待つことしかできなかった。集中治療室の扉の向こうで、医師たちが懸命に父を救おうとしていることはわかっていたが、その状況がどうなっているのか、賢治には知るすべがなかった。時間が経つにつれ、彼の心はさらに重くなり、胸の中で広がる痛みは増していくばかりだった。

その時、賢治の頭の中には、あの口論の場面が何度も何度も繰り返し再生されていた。父を傷つけた言葉、父の悲しげな表情、そして事故に至るまでの全てが、まるで悪夢のように彼を襲った。その一つ一つが、賢治の心に鋭い棘を刺すような痛みをもたらし、彼を苦しめ続けた。

時間の感覚が麻痺する中、ようやく医師が集中治療室から出てきた。賢治はすぐに立ち上がり、恐る恐る医師の顔を見た。医師の表情は険しく、そして厳しいものであった。医師は、仁が非常に危険な状態にあることを告げ、今後の治療方針について話し始めたが、賢治にはその言葉がまるで耳に入ってこなかった。彼の心は、ただ「父が生きていてほしい」という一念に支配されていた。

賢治は、その後もただじっと、父が回復することを祈り続けた。自分の無力さを痛感しながら、彼は待ち続けた。その夜、病院の薄暗い照明の下で、賢治は祈り続け、父が再び目を覚ます日をただ願うことしかできなかった。

雨が止むことなく降り続ける中、賢治は集中治療室の扉を見つめていた。父が運ばれてからどれだけの時間が経ったのか、もはや感覚すら曖昧になっていた。時計の針は進み続けるが、その動きが現実のものとは思えなかった。賢治の胸には、焦燥感と不安が次々と押し寄せ、心の中で渦巻いていた。医師たちは懸命に父の命を救おうと努めているはずだが、賢治にはその努力が報われるのかどうか、まるで見当がつかなかった。彼の中で一つだけ確かなのは、今、自分がただ待つことしかできないという事実だった。病院の廊下には静寂が漂い、まるで時が止まってしまったかのような錯覚に陥った。その静寂は、賢治にとって一層の孤独感を強めるだけだった。母親の姿がここにないことが、さらにその孤独感を強くさせた。母親は事件が起こった時から、どこか様子がおかしかった。家を出て行った父との間には長い間、緊張が続いていたが、それでも母親がここにいないことが賢治には理解できなかった。何が起こっているのか、彼女の心の中で何が渦巻いているのか、それを知ることはできなかった。ただ、母親がこの病院に来ることを拒んでいるかのように、彼女の存在が遠ざかっているのを感じるだけだった。電話をかけても応答はなく、メッセージも届かない。彼女が今、どこで何をしているのか、賢治には全く分からなかった。その不安と苛立ちが、彼の心に新たな棘を刺すようだった。

病院の薄暗い照明の下で、賢治はじっと扉の向こう側を見つめていた。医師たちの動きや声は遠くから聞こえるが、何も理解できない。賢治の頭の中には、あの口論の光景が何度も浮かんでは消えた。あの時、自分が父に言った言葉が、彼をこんな状況に追い込んでしまったのではないかという後悔が、彼の心を蝕んでいた。だが、その一方で、母親の不在が一層の不安を煽った。母親が病院に来ない理由が、ただのショックや動揺によるものではないことを、賢治は薄々感じ始めていた。何かもっと深い理由があるのではないか、そんな疑念が彼の心に芽生えたが、それを確かめるすべはなかった。

時間が経つにつれて、賢治の心はますます重く沈んでいった。集中治療室の扉が開くたびに、彼の心臓は激しく鼓動し、その度に息を詰めた。しかし、出てくるのは看護師や医師たちで、彼らの表情からは何も読み取ることができなかった。病院の白い壁と冷たい床が、賢治をさらに無力感の中に閉じ込めていく。彼はただ、父が再び目を覚ますことを祈り続けた。母親の不在が一層の孤独感を増し、それが彼の心に暗い影を落としていた。

そんな時、ようやく医師が集中治療室から出てきた。賢治は無意識に立ち上がり、医師の顔を見つめた。だが、医師の顔には疲労と厳しさが漂い、その口から発せられた言葉は、賢治の心を凍りつかせるものだった。父の容態は急激に悪化し、すでに手の施しようがないことを告げられた。賢治はその瞬間、全ての音が消え去り、世界が静止したかのように感じた。目の前にいる医師の言葉は、遠くから響いてくるただの音に過ぎず、その意味を理解することができなかった。彼はただ、父がいなくなるという現実を受け入れることができなかったのだ。

そして、父が亡くなったことを告げられると、賢治の体から全ての力が抜け落ちた。床に膝をつき、両手で顔を覆ったまま、彼はその場に崩れ落ちた。涙が溢れ出し、止めどなく流れたが、それでも父の死を受け入れることはできなかった。彼の心には、ただ深い絶望と喪失感が広がり、何も感じることができなくなっていた。病院の薄暗い廊下に、賢治のすすり泣く声だけが響き渡った。

その後、賢治はどうにか立ち上がり、父の遺体が安置された部屋へと向かった。父の顔は静かで、まるで眠っているかのように見えたが、その冷たさは、生きていた時の温もりを完全に失っていた。賢治はその手を握りしめ、もう二度とその手が温かくなることはないという現実を、深い悲しみと共に受け入れるしかなかった。彼はその場に座り込み、ただ父の顔を見つめ続けた。目の前の現実が信じられず、父の死が嘘であってほしいと願ったが、その願いは叶うことはなかった。

賢治はその夜、病院に一人取り残された。母親は一度も姿を見せず、電話も繋がらないままだった。病院から何度も母親に連絡を試みたが、応答はなく、彼女がどこにいるのかさえ分からなかった。賢治は、母親が父の死にどう反応するのかさえ知ることができなかった。ただ、彼女がこの現実から逃げ出しているのではないかという思いが、心の片隅に広がっていた。だが、それを確かめるすべはなく、賢治はただ、ひとり病院の冷たいベンチに座り続けた。母親の不在が、賢治の心に一層の重さを加え、その夜の闇はいつまでも続くかのように思えた。時間が経つにつれて、賢治の心はますます深い絶望の中に沈んでいき、やがて全ての感覚が麻痺していった。彼の目には、ただ遠くの闇が広がるだけであり、父の死という現実が、彼の心を完全に支配していた。

雨が降り続く午後、病院のロビーは静まり返っていた。賢治は、一人でいることに疲れ果て、病院の椅子に体を預けていた。その時、賢治の母親、清子の両親である飯島五郎と飯島貞子が病院に到着した。彼らは賢治の顔を見るなり、深い憂いと驚きを浮かべた。特に、飯島五郎の顔には怒りと悲しみが入り混じった複雑な表情が広がっていた。清子がこの緊急事態に姿を見せていないことに対する苛立ちが、彼の眼差しに顕著に現れていた。

五郎と貞子は、病院のスタッフに対して清子の所在を尋ねたが、病院側は「連絡が取れていない」「家族の事情は分からない」としか答えられなかった。五郎の怒りが、静かな病院のロビーに響き渡った。「いったい、清子はどこに行ってしまったのか！」と、彼の声は周囲の人々の注目を集めた。貞子は、その様子を静かに見守りながらも、心の中で無力感と共に深い悲しみを感じていた。

五郎は、賢治が一人で待っている姿を見ると、ますます憤りを隠せなくなった。彼は賢治に近づき、優しさをもって言葉をかけるものの、その口調には明らかな怒りと失望がにじんでいた。「賢治、お前はどうしてここに一人でいるんだ？お母さんはどうした？こんな大事な時に、なぜ彼女は来ていないんだ？」その声は、賢治の心に重くのしかかり、彼はその問いに答えられずにただ黙っていることしかできなかった。

病院からの連絡を待ちながら、五郎は携帯電話を取り出し、清子に何度も電話をかけた。しかし、その電話は一向に通じず、着信音が虚しく響くだけだった。何度も何度も電話をかけるも、応答はなく、五郎の怒りと焦りが次第に高まっていった。彼の心の中では、清子の無責任さに対する怒りが膨らんでいた。

「どうしてこんな時に、清子は家にいるのだろうか？私たちの力を借りるつもりなのか、それともただの無関心なのか？」五郎の心の中には、清子がこれほどまでに家族の大事な時に姿を見せない理由を理解できないという気持ちが募っていた。貞子もその心情に共鳴しながらも、彼女は一言も発することができず、ただ静かに五郎の傍らに立っていた。

時間が経つにつれて、病院のロビーの雰囲気は一層沈黙に包まれていった。五郎は、清子の不在がただの事故やミスではなく、何かもっと深刻な問題を示唆しているのではないかと考え始めた。彼の心には、清子が何らかの意図を持ってこの状況を放置しているのではないかという疑念が芽生えていた。彼は、清子が自らの家族の問題を避けるために意図的に姿を見せていないのではないかと考え、ますます苛立ちを感じていた。

一方、賢治は、五郎と貞子のやり取りを黙って見守りながら、母親がこの場にいない理由について何も答えることができずにいた。彼の心の中では、父親の死という衝撃的な出来事と、母親の不在という二重の悲劇が交錯しており、どちらにも適切に対処することができなかった。

やがて、五郎は再度電話をかけることを決意し、携帯電話を手に取った。清子に連絡が取れなかったことに対する苛立ちが、彼の手に力を込めさせた。しかし、何度かの試みも虚しく、着信音は続くばかりだった。その中で、五郎の怒りが次第に抑えきれないものとなり、彼は病院のスタッフに対しても苛立ちをぶつけ始めた。

「どうして、こんな時に連絡が取れないのか！一体、清子はどこで何をしているのか！」その声が病院のロビーに響き渡り、周囲の人々がその様子をじっと見守っていた。賢治は、その様子を見ながらも、母親がどこにいるのかという疑念と共に、彼自身の感情をどう処理していいのか分からずにいた。

五郎の怒りは収まることなく、彼の体からは力が抜けていくばかりだった。彼は、清子が自分たちの力を借りるつもりもなく、ただの無関心からこの状況を放置しているのではないかという疑念に苛まれていた。その怒りと失望が、彼の心を押し潰し、病院のロビーに一層の重苦しさを漂わせていた。

貞子もまた、その様子を見守りながらも、言葉を失い、ただ静かに五郎の側に立ち続けていた。彼女は、家族がこの困難な時期にどれほどの支えを必要としているかを理解しており、清子の不在が家族全体に与える影響を深く憂慮していた。しかし、その心の中で抱える思いもまた、言葉にすることができずにいた。彼女の心の中で、家族がどれほどこの危機を乗り越えられるかという疑問が広がっていた。

夜が更ける中、病院のロビーにはますます静寂が漂い、五郎と貞子の心の中には暗い陰が広がっていた。清子の不在が続く中、賢治は一人、冷たい空気に包まれながらも、ただ待ち続けるしかなかった。家族のつながりが断たれたこの瞬間、賢治の心は、父親の死と母親の無関心という二重の悲劇に押し潰されていった。