第87話 新たな出会いと自分磨き②

 転校先の学校で、自己紹介の時に、桃子ももこと書いて『とうこ』と読むと挨拶したが、それと同時に『とうこ』ではなく『』と呼んで下さいとお願いした。


桃子とうこ』と呼んでいいのは、両親と匠刀だけ。

 匠刀の前から消えるように逃げて来たのに、桃子の中では未だに匠刀は特別な存在のまま。


 私は狡くて利己的だ。

 一方的に匠刀を振るみたいにして、一切の連絡も断ったのに。

 彼との赤い糸が切れないようにと、計算した。


『バイバイ』とは言ったが、『さようなら』とは言っていない。

『ありがとう』とは書いたが、『別れて』とは書かなかった。


 大好きで、とても大切な人だから。

 いつか、縁があったら……また会えるんじゃないかと、心の片隅で思ってしまう。


 新たな人生を歩むために自分で決めたことなのに。

 彼にもっと自由な人生を歩んで貰いたくて突き放したのに。

 今はまだ、心の全てに彼が刻まれている。


 聖泉女学院に通う子たちは、心に寄り添う術を身に着けている。

 心が傷だらけの桃子は、そんな彼女たちに救われた。


「モモちゃんが通ってた高校って、偏差値高かったでしょ」

「……うん。偏差値70くらい?もっとかな~?」

「高っ!!」

「でも私は、特進コースじゃなくて理系だったから、普通科全体なら中の上くらいの成績だったよ」

「何言ってんの!70あれば、上の上だって!!」


 夏帆ちゃんは勉強が苦手らしい。

 特に数学は苦手みたいだけど、この学院は心を育てることが第一になっているから、勉強はそれほど厳しくないらしい。

 それでも大学へと進学を希望したり、提携する海外の大学に留学希望する人向けに、習熟度別授業もある。


 ルームメイトの夏帆は、中学部からこの学院に通っているという。

 同じ年でも大先輩だ。


「私は人前に立つことも、ましてや歌うことなんて絶対無理だもん。夏帆ちゃんの方が凄いと思うよ」

「歌だけは自信があるからね~♪」


 小さなテーブルの上に広げられた数学の教科書とノート。

 夏帆は自身のノートを手に取り丸めて、それをマイクのようにして歌い出した。


 鼓膜を心地よく揺らす澄んだ声音。

 彼女の歌声を聞くと心が和らいでゆく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る