第71話 クリスマスデートと1カット⑪
「この辺のはずなんだけど……あった!」
スマホのナビで辿り着いたヘアサロンは、大通りから少し離れている住宅街の一角にあった。
予約時間の5分前。
サロンの入口で足を止めた桃子は、深呼吸して振り返った。
「匠刀」
「ん?」
「髪、撫でて」
「は?」
「いいから、撫でて」
真っすぐと見つめて来る瞳はいつになく真剣で。
俺はいつものように、優しく髪を撫でた。
桃子は目を瞑っていて、俺から与えられる手の感触を感じているようだ。
「ありがと」
もしかして、ばっさりと髪を切るつもりなのだろうか?
女の子にとって、髪は命だってよく言うし。
入退院を繰り返してた頃はずっとショートカットだったけど、ここ数年はずっと伸ばし続けて来た。
頑張って伸ばした髪を切るのには、それなりに勇気がいるだろうに。
チリン。
入店を知らせる可愛らしいベルの音がした。
「いらっしゃいませ」
「予約した、仲村です」
「お待ちしておりました。どうぞこちらへ」
30代半ばくらいの女性が奥の椅子へと案内する。
こじんまりとした、個人宅の美容院。
店舗の規模からして、一人でやっているのかもしれない。
スタイリングチェアの横にカゴが置かれていて、その中にコートやバッグを入れた桃子は、ちょっと緊張した面持ちでスタイリングチェアに座る。
「彼氏さんは向こうで待ってます?」
「あっ、いえ、彼にもお願いしたいので、ここにいて貰ってもいいですか?」
「えぇ、もちろん」
鏡越しでにっこりと微笑む美容師さんと視線が交わった。
俺にお願いって、何?
サロンでお願いされるような事って、無いと思うんだけど。
手際よくタオルやケープが施されてゆく。
それらを桃子の傍で突っ立ったまま、ただ見ているだけしかできないのに。
ちょっと緊張気味の桃子と鏡越しに視線が絡み、俺は必死に顔に笑顔を貼りつけた。
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