第50話 心無い言葉と抉られる思い⑧

「本当に話す気ないの?」

「……ごめん」

「じゃあ、なんで泊りに来たいって言ったの?」

「それは……」


 学校から帰宅してすぐに荷物を纏めて家を出た私は、今親友のもとちゃんの家にいる。

 母親には日中に『もとちゃんちに泊まりに行くから』と連絡しておいて、もちろんもとちゃんも家に許可を貰ってくれて、今に至る。


 これまで、匠刀が私のために何でもしてくれることは分かってたけど。

さすがに将来のことまで考えてなかった私は、あの子(知佳)から言われて初めて気付いた。

 私が匠刀の傍にいるから、匠刀は自分の人生を自由に歩めない。

 したいことを我慢させて、できることも放棄させて。

 彼の前途ある未来を、私が潰してしまうだろうということを改めて思い知った。


 今匠刀の顔を見たら、また彼の優しさに甘えてしまう。

 いつだって彼は私のことを最優先に考えてくれるから。

 私の胸中なんてお見通しだもん。


 彼が私のためにしれくれたように。

 私が彼にしてあげれることはあるのかな。

 勉強を教えてあげることもできなくて。

 空手のアドバイスもできない。

 悩みに相談に乗れるほど、器の大きい人間じゃないし。

 彼女らしいことを何でもしてあげれるわけでもない。


 やっと少しずつ普通の女の子に近づいて来たかな?と思ってたのに。

 実際はまだまだ、途方もなく長い道のりなのだと思い知らされた。


 ちゅーしたり、ぎゅーしたり、笑顔で見つめ合うことが全てじゃない。

 そういうことをしなくても、彼の支えになれるのが『彼女』なんだ。


 人生80年なんていうけど。

 私の心臓、80年ももつのかな。

 1年後に走れるようになってたらいいなだなんて考えてる私に、遠い未来を考える余裕なんてない。


***


「桃子、本当に病院に行かなくていいの?」

「……大丈夫だよ」

「気分悪くなったらすぐに呼ぶのよ?」

「分かってるって」


 もとちゃんの家に2泊させて貰って、その翌日から学校を休んで今日で3日目。

 今日もずる休みをしてしまった。

 高校に入学して、初めて親にわがままを言った。

『考えたいことがあるから、暫く学校を休ませて』


 体のいい言葉で言ったら、『身の振り方を考える』だけど。

 そんないい響きのものじゃない。


 匠刀やもとちゃんからの電話もメールも一切無視するみたいに、完全に電源を切った状態で部屋に籠ってる。

 私が匠刀に会いたくないのを両親も察してくれて、匠刀が部活帰りで家に来ても、家には入れずに帰るように説得してくれてる。

 学校をずる休みしてもう3日目だから、たぶん今日あたりが限界かな。

 あいつのことだから、無理やり上がり込んで来そう。


 この数日間、かたつむりみたいに殻に籠って考えてみたけれど。

 匠刀への気持ちは何一つ変わらなかった。

 ううん、考えれば考えるほど、『好き』という気持ちが膨らんで。

 だからこそ余計に、匠刀に気持ちを伝える勇気が欲しい。


 ちゃんと伝えなきゃ後悔すると分かってるから。

 今はその勇気が満タンになるのを待ってるようなものだ。

 

 アルバムを捲って、匠刀との想い出を思い返す。

 私の過去には、いつだって匠刀が傍にいてくれて。

 いつでも彼の温かい手が差し伸べられていた。


桃子とうこ


 身近な人で、両親以外で『とうこ』と呼ぶのは匠刀だけ。

 何の疑いもなく当たり前のようになっていたけれど。

 3日前に、もとちゃんに言われて初めて知った。


『あいつ、桃子とうこだけど、“とうこ”と呼んでいいのは俺だけだから、星川も“モモ”って呼んで』


 初めて匠刀と会話した日に、そう彼から言われたらしい。

 もとちゃんだけじゃない。

 他の同級生たちにも同じことを言っていたと、もとちゃんが懐かしそうに口にした。

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