第44話 心無い言葉と抉られる思い②
自宅から高校までの距離は直線で4㎞ほど。
いつもは自宅から最寄り駅まで歩いて5分、地下鉄で3駅。
駅から高校の正門まで10分ほど歩いて通っているけれど。
カタカナの『コ』のような経路なため、本当はちょっと非効率だった。
自宅の最寄り駅と高校の正門前にバス停があるが、なぜか運悪く、運航の順路がひらがなの『し』みたいになっていて、1時間以上乗らなくてはならない。
自転車に乗って通えれば楽なんだけど。
小学校低学年の頃は寝たきり状態も多くて、自転車に乗る練習すら出来なかった。
周りの子たちがあっという間に乗れるようになって、気付けば小学校高学年。
両親は転倒時の危険を心配していたし、今さら感もあって、人目を気にしてしまって練習する事自体を断念した。
直線距離は4㎞でも、実際は坂や階段もある。
だから、自宅から歩いて行こうだなんて考えたことも無かった。
心臓病を抱える人にとって、運動は欠かせない。
ただ、その運動量があまり明確でなくて。
『運動処方』と呼ばれるものもあるらしい。
私は匠刀から教わるまで、そんなものがあることすら知らなくて。
無知って怖いなと改めて思った。
鍼灸院の駐車場の一角でウォーミングアップのストレッチをする。
今まで1人でウォーキングしてた時は、ストレッチもせずにただひたすら歩くだけだった。
そういうこと1つ1つが間違っていたらしい。
「桃子、ちゃんと自分の筋肉が伸びるのを意識して、腹式呼吸を忘れんな」
「……うん」
「1、2、3、4、……1、2、3、4」
匠刀の教え方は凄く分かりやすい。
呼吸の仕方から腕の使い方、目線の位置まで細かく指示してくれる。
……体育の先生が似合いそう。
**
「視線が落ちてんぞ」
「……はい」
「肩を広げるように、胸を張って~~」
脚力に自信がないから、ついつい視線が足下に行ってしまう。
すると、前屈みになりやすく、酸素を吸いづらくなり悪循環に陥る。
視線は数十メートル先を見据えて、背筋を伸ばす。
腹式呼吸を意識することで横隔膜が動き、血流が促進される。
今まではあえて負荷がかからないようにしていたが、少しずつ負荷を加え、慣れることで循環器自体が強化されるらしい。
本当に目から鱗だ。
「桃子、校舎が見えたぞ」
「…………ホントだ」
私より目線の高い匠刀は、必ず私が頑張れる目標を教えてくれる。
数日前の練習の時は、お気に入りのサンドイッチ屋さんの新商品の旗を見つけて、『期間限定、モンブランサンドだって』私を励ましてくれたりもした。
こういうさりげない優しさが、本当に尽きない人だ。
「到~~着っ!!」
ピッ。
腕時計のストップウォッチ機能を止めた匠刀。
「よく頑張ったな」
「……たく、とも、お疲れ……さんっ」
さすがに息が上がって、会話するのも難しい。
56分、家から学校まで歩いた時間だ。
測った時間を見せてくれた彼は、ボディバッグの中から小さなペットボトルの水を取り出し、キャップを開けて差し出してくれた。
本当に文句のつけようがないくらい、できた彼氏だ。
「一口飲んだら、クールダウンすんぞ」
「……はい」
これもお決まり。
甘やかすだけでなく、ちゃんと私の体を最優先に考えてくれる。
急に足を止めたら、全身に廻った血液が心臓に溜まってしまうからだ。
「苦しくても、意識して鼻で息しろ」
「……ふ~んっ、フゥ~~」
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