遠く、遙か遠くに在る月の宴

かぐや薫子

灯火宿りて愛を詠う

雲知らぬ雨は、人知れず語る。

「儚きは、己が心の泡沫の恋」

その言の葉を述べた乙女の瞳に恋をした。


その時から私は、異質な存在として生まれ堕ちてしまったのかもしれない。言葉を失った首無し騎士。あるいは、存在に気づいて欲しくてポルターガイストを起こす亡霊。それらに成り果てたように、彼女の前では言葉に詰まる事が多くなった。


夕暮れ時の教室の隅で渡す事のできなかった恋文と共に己の世界を閉ざす。

初恋なんて叶わないのが世の常である。それが同性であれば尚の事。


叶わぬのならば、いっそのこと泡沫の波に消えてしまいたい。

そう思っていた筈だったのに……彼女の私に対して述べた言葉は、余りにも甘美な響きを帯びていた。



雪月夜に思いを馳せた彼女との帰り道。

耳まで真っ赤に顔を染めた彼女が静かに艶のある声で囁いた。


「灯点し頃君を想う」

「早乙女さん?」

「それが僕の君に対する気持ちだ」


刹那、恋の初風が私を包む。


言葉は少ないけれども、彼女の愛は確かに伝わった。純文学をこよなく愛する彼女らしい告白に胸が躍るのを感じた。


彼女との物語が幕を開けた。

ただの思い出になんかさせやしない……二人で蜜月に蕩けましょう。


そう、それは胡蝶の夢の始まりなのかもしれない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

遠く、遙か遠くに在る月の宴 かぐや薫子 @npamaru

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ