ジュピター

 マルスが戻ってきたのを確認するや否や、ソルは張り詰めていた不安の糸が切れたのか、地面にへたり込み、ルーナは安堵の涙を流していた。そんな2人を見て、マルスは改めて自分の行動がどれほど彼らを心配させたか自覚する。


「心配かけて本当にすまない。魔物に襲われて、どれほど俺が無力か知った。二度とこんなことはしない。」


 深々と頭を下げて謝罪する。ソルは立ち上がり、マルスの方へ歩み寄る。


「良いよ、許す。それに、僕達も止められなかったから、少し責任はあると思うんだ。これからはお互い、もっと話し合おう。」


 後ろで聞いていたルーナも「うんうん」と頷いている。


「ああ。そうだな。」


 こうして仲間との和解は完了した。



「疑問なんだけどさ。」


 午後の訓練が終わった頃、大剣使いとしての師匠であるカリストにあることを尋ねた。


「ジュピターが俺を助けてくれた後、“大剣使いは無謀なことをしたがる”みたいなことを言っていたんだけど、何かあったのか?」


 カリストは非常に答えづらそうな顔をしている。腕を組み、気まずそうな顔をして、軽く周りを見渡した。


「まあ、色々と、あったからな。」

「色々と、って何だよ。気になるんだけど。」

「まあ、色々さ。前にも言ったと思うが、あんま人の過去は追及するもんじゃないぞ。」


 答えをはぐらかされたまま、訓練は終了した。ホテルの部屋に戻っても悶々とする。他人の過去を暴こうとするのは悪趣味であるとは分かっていても、どうしても気になってしまう。

 カリストの答え方から推察するに、彼自身の過ちなのだろうか。まさか、同じように魔物相手に特攻したとか。いや、そんな失敗談ならば寧ろ、同じことが起きないように話すんじゃないか。あれこれ考えても納得する答えは出なかった。

「ああー!悩んでても仕方ねぇ!」

 思いっきり立ち上がる。ソルがマルスの急な行動に驚いて、椅子から転げ落ちた。

「ど、どうしたの?マルス?」

「俺、ジュピターにいてくる!」

「何を!?」

 ソルの質問には答えずに、部屋を飛び出してしまった。


 同時刻、部屋で独りきりになっていたジュピターは、窓から見える夜空を眺めながら昼間のことを思い出す。マルスのあの無茶な行動が自分の過去に重なって、どうにも苦しい気持ちになってしまう。

 その時、部屋をノックする音がした。カリストは合鍵を持っている。となればイオかと思い、扉を開ける。そこにはマルスが立っていた。

「何故私のところに来た?」

「あんた、言ってたよな。大剣使いは皆無謀だとか何とか。」

「ああ。言った覚えがある。まさか、それについて訊きたいのか?」

 苦笑いをする。まさか、そんなことのために来るとは思っていなかったからだ。

「教えてくれよ。」

「何故?別に他人の失敗など知る必要はないだろう。」

「俺は、どうやら失敗からしか学べないみたいなんだ。でも、失敗してからじゃ遅いものがあるのも分かってる。だから、誰かの失敗から学ぶべきこともあるんだろうって。それで、何故かは分かんないけど、ジュピターの言うそれは知る必要があることじゃないかって感じた。あ、勿論、それを馬鹿にしようとか、そういうつもりは一切なくて!」

 慌てて弁明する。ジュピターは「そうだな」と暗い表情で呟いた。

「カリストには、昔、話したことがある。どうしても拭いきれない、私の罪の話だ。」



 もう十年近く前のことになる。当時十六になったばかりのジュピターは、初めてフォルトゥナ討伐隊の一員に任命され浮かれていた。

 当時の彼は大剣を愛用していた。力任せに振り回すのが楽しかったという。だが、師であり、父であるウラヌスはジュピターのことを認めていなかった。それが大層不満だった。自分には相応の実力がある、それを認めてくれない師匠は見る目がないと思っていた。

 どうしても師匠に認めてほしかったジュピターは最初の任務で必ず武勲を立ててやると意気込んでいた。

 その任務で訪れた地は大陸北東部の街、オフィウクス。数万人が暮らす中規模の街だった。まだ建材に石や煉瓦を使っているその街は、サジタリウスしか知らないジュピターにとっては目新しいようで、古臭いような感じがした。

 街の市街地を十数人の隊列を作り下っていく。軍隊であることを思わせないように、バラバラの服を着て旅団のふりをしていた。列の先頭を歩くのはウラヌス。殿しんがりを務めるのはジュピターよりも二つ歳上の女、ミランダだった。ジュピターはその一つ前を歩いていた。殿の女は、キョロキョロと周りを見る彼の頭を軽く叩く。

「君ねぇ、そんな舐め回すように街を見ないの。怪しまれるでしょ?」

「別にそんな気はないって。」

 小鼻を膨らませて文句を言う。

 暫く歩いて着いた場所はオフィウクスの宿。中はがらんとしていて、薄暗い。店主の老婆以外に人はいないようだ。

「久しいな。」

 ウラヌスが老婆に話しかける。

「ああ。随分と久しいじゃないか。だいぶ老けたんじゃないか?」

 しわがれた声で言葉を返す。帳簿を取り出し、「何人だい?」と訊く。

「十四人だ。男が十一、女が三。」

 ウラヌスが答えると、老婆はぶっきらぼうに鍵を八つ手渡した。

「うちには三人部屋はないからね。」

「構わない。」

 ウラヌスは振り向き、殿の女にまず一本鍵を手渡し、残った二人の女の片方にもう一本渡す。男は前から適当に振り分けられた。

 ジュピターと同じ部屋になったのは三つ歳上のオベロンという男。気さくな人柄と整った顔立ちで、サジタリウスの女性から人気が高い戦士だ。

「よろしくな!」

 握手を求めるオベロン。ジュピターは握り潰されるのではないかと少々警戒しつつ右手を差し出した。


「お前、今回が初任務なんだってな!」

 個室に入るとすぐにオベロンが話しかけてくる。

「やっぱウラヌスの息子だから強ぇんだろうな!」

 オベロンの言葉がしゃくに障る。「ウラヌスの息子」などという言葉は彼にとっては不名誉な言葉だ。彼が見てほしいのは自分自身の実力であって、決して「ウラヌスの息子」としての評価が欲しいわけではない。無論、ウラヌスの手ほどきがあってこその実力であることは確かだが、努力をしたのは自分自身だ。自分こそが褒められるべき唯一の対象なのだと思っていた。

 しかし、サジタリウスの戦士として最低限の上下関係は弁えなければならない。新人であるジュピターは多少不愉快なことがあっても我慢しなければならない。それが集団の秩序を守る規則なのだ。だからジュピターはささやかな反抗としてオベロンの気付かぬところでベロを出した。


 ウラヌスの得た情報によれば、オフィウクスのフォルトゥナというのは何とも厄介な性格をしているという。非常に用心深く、宣告の日以外に顔を出すことは一切ないと。当の宣告の日だが、なんと翌日である。いくらなんでも準備不足ではないかと、他の隊員の顔色をうかがう。しかし、他の隊員は全く動揺していない。自分が知らされていないだけか、あるいはこれが通常なのか。

「討伐対象は“アンカア”。」

 フォルトゥナの名前が明かされる。

「性別は女。能力は不明。実力が未知数のため、今回の作戦において戦闘を行う隊員は今から名前を呼ぶ。呼ばれなかった者は周辺の警備にあたれ。」

 淡々と隊員の名前が呼ばれる。ジュピターは選ばれると信じきっていた。隊の中では最年少とはいえ、実力はあると思っていた。

 しかし、ジュピターの名前は呼ばれなかった。選ばれた隊員の中には自分より一つか二つしか歳の違わない青年もいたというのに。


 簡易な作戦会議を終え、解散する隊員達。去ろうとするウラヌスに食いかかる。

「どうして俺を入れてくれないんだ!」

 ジュピターの質問に、ウラヌスは一つ大きな溜息を吐き、「お前には実戦を行える程の実力はない。」と言い放つ。さらに、「今回お前を連れてきたのは警護役をやらせるためだ。まずは仲間を補助することを学べ。」とも言われた。

 どうしても納得がいかなかった。「学べ」と言われても最早学ぶものなど何もないと考えていた。自分の実力があれば二等星のフォルトゥナなど容易たやすく討てると、仲間の助けなど要らないと思っていた。それを師匠に真っ向から否定されたのだ。若き頃のジュピターは受け止められなかった。


 だから彼は自分の実力を誇示する方法を考えた。どんな方法でも良い。師匠に認めてもらえさえすれば満たされるのだ。最初に思い付いたのは、最も単純で、最も難しい方法であった。

 フォルトゥナを斃すこと。

 実に明快だが、実に困難を極める方法であることは容易に想像できる。

 討伐対象であるアンカアは実力未知数のフォルトゥナだ。二等星の実力はピンキリ。もし一等星に近しい実力を持つ者ならば、ジュピターは赤子の手を捻るが如く殺されてしまうだろう。

 しかし、そんな心配、ジュピターにはなかった。所詮は中規模都市、そこまで強力なフォルトゥナを配置しているとは思えないと高を括っていた。

 彼が最も懸念していたのは、誰かに見つかることだった。フォルトゥナを殺している場面を市民にでも目撃されたら、大きく運命が歪んでしまう恐れがある。市民が慌てふためいて事故に遭うかもしれない、駐在所に駆け込んで街総出で自分を探すようになるかもしれない。いずれにせよ、人々の行動に多大なる歪みを生じさせる。また、仲間にも見つかってはいけない。手柄を横取りされるかもしれないからだ。他の隊員の実力は理解している。ジュピターよりも強い隊員もいる。彼らに先を越されるわけにはいかない。

 だからジュピターは朝一番に教会前で張り込もうとしていた。アンカアが訪れるその時まで息を潜めて待ち続けるのだ。日が昇る前に宿を出られるように、早いうちにとこについた。

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