時を超えた偉人達、気づいたらデスゲームに巻き込まれていた件

雨宮 徹

偉人によるデスゲームの始まり

 この空間に閉じ込められてから3日目。坂本龍馬はため息をついた。床に触れた手から冷たさが伝わってきた。このデスゲームの冷酷さと同じような冷たさが。



 今日も誰かが死ななければならない。そうでなければ、参加者全員が死ぬことになる。龍馬は人の命は平等だと考えていたが、こればかりはどうしようもない。一日に一人が死ななければならない。それがこのデスゲームのルールなのだから。



 龍馬には誰かを殺すつもりはない。そのような形での決着は望んでいなかった。何が何でも参加者に紛れたゲームマスターを指摘して、みんなでこの空間から脱出する。それが龍馬の求める終わり方だった。いくら理想論だと言われようとも。



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 龍馬が最後に覚えているのは、近江屋の夜だった。暗い部屋の中で、明かりを頼りに書簡を読んでいた。



「これで世の中が少しでも良くなるなら……」



 ふと、何かの気配を感じた。その瞬間、部屋の襖が激しく開かれ、数人の男たちが襲いかかってきた。龍馬は立ち上がり、抵抗しようとしたが、相手の数と武器に圧倒された。刃が彼の肌を裂き、血が飛び散った。



「こんなところで終わるのか……」



 龍馬は倒れこみ、視界が暗くなる中、最後の意識で思った。



◆ ◆  ◆ ◆  ◆ ◆  ◆ ◆  ◆ 



 龍馬が目を開けると、そこは謎の空間だった。これが天国というものなのか? それなら悪いものではない。体は生きている時と同じか、それ以上に軽かった。全身を見回すが、どこにも傷一つない。



 龍馬は謎の空間にいるのは自分だけだと思っていたが、どうやら違ったらしい。すでに困惑顔の男女が数人いた。中にはちょんまげをしていない髪型の男もいた。変な髪形だと思ったのも束の間、謎の空間にいきなり男が現れた。



「くそ、光秀のやつめ。この俺様を不意打ちするとは、武将の風上にも置けないぞ」



 男は現れるなり罵詈雑言を吐く。龍馬は眉をひそめた。こんな人が世の中にいることが信じられなかった。ああ、正確にはここは天国か。



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 龍馬が天国に来てから数分もしないうちに、次々と様々な格好をした人々がやって来た。「何かがおかしい」と龍馬は心の中で思った。もし、ここが天国ならば、この十数人しか天国に来ていないことになる。いくら短期間といえ、天国に来る資格がある人物がここまで少ないのだろうか? それはそれで悲しいことだ。



 しばらくして、外国人と思われる女性が現れると、静かな空間に不気味な声が響いた。



「ここに集まってもらったのは偉人と呼ばれる人物だ。もちろん、君たちは『自分は偉人なのか?』と思う者もいるだろう。偉人と呼ばれるのは、死後のことが多いからな。一名、偉人で当たり前という反応の者もいるが」



 それが誰を指しているかは明らかだった。龍馬のすぐ後にやって来た男だ。



「さて、諸君に集まってもらったのには理由がある。君たちにはこの空間で



 デスゲーム? 聞き慣れない言葉だ。だが、英語を知っている龍馬には、デスという言葉が死を意味していることはすぐに分かった。死のゲーム。不吉としか言いようがない。



「さて、ルールだが……」



「ちょっと、一方的に話すなんてどういうことかしら」



「失礼、ナイチンゲールさん」



「デスゲームって何? あまりいいこととは思えないけれども」



「簡単に言えば、ということです」不気味な声が淡々と言う。



 ナイチンゲールと呼ばれた女性は予想外の回答に愕然としていた。



 殺し合い。動乱の幕末を生きた龍馬にとっては驚くことでもなかったが、中にはそうでもない人もいるだろう。龍馬の推測が正しければ、ここにいるのは様々な時代の偉人と呼ばれる人物たちだ。殺し合いと無縁な人の方が多いかもしれない。



「さて、ゲームであるからにはルールがある。言葉で伝えることもできるが、覚えるのも難しいだろう。手首にあるデバイスを見て欲しい」



 龍馬が手首を見るといつの間にかブレスレットがつけられていた。ブレスレットからはスクリーンが出ており、小さい文字で何かが書かれていた。



ルールその一。一日ごとに一人だけ死ななければならない。殺して一日ばれなければ、勝者となる。勝者には「歴史を修正する権利」「名誉」「膨大な知識」のいずれかが与えられ、元の時代に戻ることができる。また、敗者――つまり犯行がばれた者――は異次元に飛ばされ、永遠に脱出することはできない。


ルールその二。用意された食料は5日分。それが尽きるまでに参加者に紛れているゲームマスターを論理的に指摘しなければならない。



 スクリーンに書かれた文面はそれだけだった。なるほど、シンプルだ。龍馬はそう思うと同時に、ブレスレットの仕組みが気になった。どのようにできているのか観察するためにブレスレットを外そうとすると、「坂本龍馬、やめなさい」と不気味な声に止められた。



「さて、ルールについては理解してもらえただろう。諸君もお気づきの通り、ここには異なる時代、異なる国の者が集まっている。言語については自動翻訳するから心配しなくていい。知識についてはあとの時代の者ほど有利になってしまうから、知識差で決着がつかないようにブレスレットデバイスを通して情報を提供しよう。もちろん、他の参加者の情報もだ。素性の分からない者同士で殺し合いをしても面白くないからな。では、検討を祈る」



 それを最後に不気味な声は止んだ。



「話は早い。みな、切腹しろ」



 それは不遜な男のものだった。偉人と呼ばれる者にこのような人物がいるのだろうか? 龍馬がブレスレット端末を見るとこう表示されていた。



名前:織田信長

経歴:戦国時代の武将。1534年生まれ。……

名言:「泣かぬなら 殺してしまえ ホトトギス」



 なるほど、これがあの織田信長か。龍馬はその振る舞いに納得した。しかし、名言が「泣かぬなら 殺してしまえ ホトトギス」とは。当人が言ったかは別として、誰にでも性格が分かるフレーズだろう。



「ちょっと待った。それは無理ですよ。何せ、ルールで一日に死ななければならないとある。今すぐ全員死んだらルール違反ですよ」と口ひげを生やした人物。



 ブレスレットには「ダーウィン」と表示されていた。自然科学者か。「その通り」とアインシュタインが――ブレスレットによれば物理学者らしい――続いた。学者はルールの呑み込みが早い。デスゲームとは言え、武人だけが強いとは言えないかもしれない。ルールを上手く使えば文化人や学者にも勝つ可能性がありそうだ。



「言い争いはそこまでにしましょう」



 声の主は聖徳太子だった。名言は「和を以て貴しとなす」。なるほど、不和を嫌う人物らしい言動だ。



「賛成だな。我々の目的は紛れ込んだゲームマスターをあぶりだすこと。そうなれば、リーダーを決め一致団結すべき。織田信長殿がふさわしいと思うがいかがかな」と軍師の黒田官兵衛。



 端末にはこう表示されていた。黒田官兵衛の名言は「人は城、人は石垣、人は堀。情けは味方、仇は敵」。そしてこう続いていた。と。

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