フユちゃんからの贈り物

紺藤 香純

②④⑥

 フユちゃんは、春風をたくさん吸い込みました。

 今日は久しぶりに良い天気です。

 フユちゃんは、自分が「みんなの家」に来た日のことを思い出しました。あの日も、こんな風に良く晴れた春の日だったのです。

 戦争でお父様やお母様と離れ離れになってしまったフユちゃんは、しばらくの間、教会でお世話になっていました。

 フユちゃんの他にも、お父さんやお母さんと離れ離れになってしまった小さい子ども達が何人もいました。教会の人達は、フユちゃんみたいな人にも優しくしてくれましたが、食べ物が少なくて貧しい生活に苛立つようでもありました。

 教会の生活は、長いような短いような、不思議な感じでした。生まれて初めて、お父様やお母様と離れていたせいだ、とフユちゃんは思っています。

 良く晴れた春の日、「みんなの家」の職員のお姉さんがフユちゃんを迎えに来てくれました。足が悪く、杖をついていたフユちゃんを、「みんなの家」のお姉さんは嫌がらずに寄り添って歩いてくれました。教会の人達は、フユちゃんが歩くのが遅いからと、先に行って待っていました。そういうものだと、フユちゃんも納得しようとしていました。でも、違ったみたいです。「みんなの家」のお姉さんがフユちゃんのペースで歩いてくれるのが、フユちゃんは嬉しかったのです。

 「みんなの家」に住む人は、フユちゃんのように足が悪くて杖を使う人もいれば、自分で歩ける人もいます。ただ、皆さん体が弱く、職員のお兄さんやお姉さんのお手伝いがなければ生活できません。それなので、皆さんは職員のお兄さんやお姉さんに大変感謝しています。 皆さんは、職員のお兄さんやお姉さんがいないところで額を寄せて相談しました。どうすれば、お兄さんやお姉さんにお礼ができるのか。そこで、フユちゃんが立候補しました。

「わたしが外に出て、贈り物を買ってきます!」



 フユちゃんは、すぐに困ってしまいました。フユちゃんはこの辺りの生まれではありません。地図を持たず、土地勘もなく、どこにお店があるのか、全くわかりません。とりあえず、閑静な住宅街を歩きます。

 「みんなの家」の近所を、お兄さんやお姉さんと一緒に散歩したとき、フユちゃんは生まれ故郷と全然違うと思ってしまいました。

 フユちゃんが生まれたのは、教会が多い坂道の港町です。潮風が吹き、汽笛と波の音と、人々の賑やかな活気ある町でした。ところが、戦争が始まり、故郷の町は空襲に見舞われてしまいました。フユちゃんが足を悪くしたのも、防空壕を目指して逃げている最中に坂道で転び、大怪我をしてしまったからです。

 戦争中の出来事は、思い出したくないくらい悲惨な記憶です。いつも思い出さないようにしているのに、何もない瞬間に思い出し、そのたびにフユちゃんは苦しくなります。苦しくなったとき、「みんなの家」のお兄さんやお姉さんがすぐにかけつけて「フユちゃん、大丈夫ですよ」となだめてくれます。でも今は、お兄さんもお姉さんもいません。

「大丈夫。フユちゃんは大丈夫ですよ」

 フユちゃんは自分で自分をなだめます。お兄さんやお姉さんが、フユちゃんにしてくれたように。

 時間がどれだけ経ったのか、フユちゃんにはわかりません。お日様がまだ南の空にいるみたいなので、あまり時間は経っていないのかもしれません。

 フユちゃんの近くを通った車が、急に止まりました。

「こんなところで、どうしたの!」

 運転席から降りてきたのは、フユちゃんのお母様より歳を取ったおばさんです。知らない人のはずなのに、どこか懐かしい感じがします。

「仕方ないわ」

 おばさんは溜息をつき、しゃがみこんでフユちゃんと目を合わせ



てくれました。

「少し、うちで休んでいきなさいよ。顔色が悪いわよ」

「おば様、お心遣い痛み入ります」

「ずいぶん難しい言葉を使うのね」

 おばさんの車に乗せてもらって着いたのは、小さなお花屋さんでした。色とりどりのお花に迎えられ、フユちゃんは思わず笑顔になってしまいます。

「ここ、座って。お茶でも飲んでいきなさい」

「おば様、ありがとうございます」

 小さなテーブルに杖を立てかけ、フユちゃんは椅子に腰を下ろしました。

「おば様、このお花はいくらなの? わたし、贈り物を探しているの。『みんなの家』のお兄さんやお姉さんにお世話になっているから、そのお礼に贈り物をしましょう、と皆でお話ししたのよ。それで、わたしが代表して贈り物を探すことにしたの」

 おばさんは静かにフユちゃんの話を聞き、少し考えてから口を開きました。

「贈り物、良いわね。やりましょう。ここの花、好きなだけ使ってちょうだい。素敵な花籠をつくりましょう」

「おば様、花束のお代は?」

「お代は要らないわ。おばちゃんは、あなたのまっすぐな感謝の気持ちに心を打たれました。協力させてちょうだい」

 おばさんは、フユちゃんのお母さんと眼差しが似ていますが、さばさばとした喋り方は似ていません。でも、優しい人です。

 フユちゃんは、おばさんと大きな花籠をつくり、ワゴン車の後ろの方に花籠を乗せました。「あら、お姉さん!」

 出発してすぐ、道端にいた「みんなの家」のお姉さんを見つけました。

「お姉さん、ただいま。『みんなの家』の皆さんとおば様から、お花の贈り物です。お姉さん達、いつもありがとう!」

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