第54話 長老の告解

「――――――――――――」


長老は、座ったままの姿勢で固まっている。

まさか死んでないだろうなと戦々恐々近寄った。

リリウムもなんとなく察した様子で、そろそろとついてくる。


「あ、あのー、長老、様……」

「だ、大丈夫ですか……?」


息はしているようだが、抜け殻同然の状態だ。

あの黒髪男……いやあんなの陰険野郎で充分だ。

あの陰険野郎、本当にさっさと黙らせて蹴り出すべきだった。ヘリアンサスは痛烈に後悔する。

ヴェスパータでの一件を深く反省し、実力行使を躊躇ってしまったがためにこの惨状だ。


相手はやっと反応を示す。

虚ろな目でこちらを見た長老は、その表情で全て察したようだった。


「……貴様も気づいておったのか……」

「……ここに来てから見聞きしたことで、薄々とは…………

いやごめんなさい謝るから魂飛ばさないで!!

待って戻ってきて!!」


不味い、ここでどうにか回復させないと本気で取り返しがつかなくなる。

何を考えているのだあの陰険野郎は。

ああもずけずけと人様の古傷を抉るなぞ人間のすることではない。

内心で燃え盛る憤りとやるせなさを聖女の微笑で封じ込め、

「私で良ければ何であれ、お話を伺いますから」と優しく告げた。


何だか懐かしい気分だ。

これまでに何度か受けた告解を思い出す。


そしてこうなった発端の出来事まで記憶が遡り、うっかり気が遠くなりかけた。

ああもうつくづく陰険野郎が恨めしい、二人揃って頭の血管が切れたらどうしてくれる。


「………………………………………………」


長老はそれでも、焦点の合わない目をして黙っていた。


「……今から五十年ほど前、この領地は窮乏に瀕していた……」

たっぷりと時間が経ってから沈黙を破り、訥々と語ったところによればこうだ。


かつて、各国の情勢やら天災やらで、カエルムは色々苦しい状況にあった。

そんな中生まれた長老は、領地の再興を目指す両親に厳しく抑圧されて育てられたそうだ。

その中で色々と降り積もったものが、神殿によって破裂してしまったとのことだった。


「遊ぶ暇もなく教育やら統治に明け暮れ、そればかりで三十路を迎えてしまい――――

正直、モテたかった。

なけなしの期待を込めて持っていたロケットがただのインチキで、頭の中で何かが切れてしまった。

だから神官共を追い払ったのじゃ……」

「……………………」


はいそうですか。

どうしよう、返す言葉が本気で見つからない。

ぶつぶつ呟く声がその間も止まらない。


「ベアトリスの後見だった悪友も死んで、友人たちにも年々先立たれる。

ベアトリスは何でかこの街に帰ってきはしたが、今になって何の言葉がかけられようか。

…………何十年と領地運営に奔走し、隠居したらしたですることもなく。

挙げ句あのような若造に好き放題言われ…………

ワシの人生とは何だったのか…………」


いかん、燃え尽きかけている。

さらさらと灰になりかけの長老を、ヘリアンサスは慌てて宥めにかかった。


「……でもベアトリス様は、結局このカエルムに戻っていらしたではありませんか!

それは長老様が築き上げたこの領地を愛しておられたからでしょう。

私も小耳に挟みましたが、積極的に慈善活動に取り組んでおられるそうで、長老様がお嫌いならそんなことをするはずもないでしょう」

「その通りです、父上」


そこに、新たな声が響いた。

振り返るとそこにいたのは、見覚えのある顔だった。

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