第52話 飾り棚のロケット
一時間後部屋を追い出されたヘリアンサスは、焦りを持て余しながら庭を闊歩していた。
駄目元で使用人たちへの聞き込みもしてみたが、まあ、仕える主人の私事に関わることだ。
口を割って貰えるはずがない。
もう駄目だ。お手上げである。
直接説得しようにもあの有り様だし、手紙を書いても返事がない。
ヘリアンサスは歩きながら、これ以上どうすれば良いのか途方に暮れていた。
黒髪男や歌姫や神官や町人から情報を仕入れたは良いが、肝心の長老に関してはこの数日というものまるで進捗がなかった。
何だかんだ長老とも親しくなれたと思うのだが、肝心の説得の方は停滞している。
相手の年齢が年齢なので、あまり無茶苦茶できないということもある。
折に触れて色々説得は試みているが、どうにも攻めあぐねているのが現状だ。
何か決め手か、手がかりになるようなものが欲しい。
それに何だろう、以前からちょくちょく違和感というか、引っ掛かるものがあるのだ。
漫然と考えながら歩いていた時それは起こった。
「……っ!?」
「あ、聖女様……申し訳ございません、大丈夫ですか!?」
ぐるんと視界が回り、腰に衝撃が打ち付ける。
派手に尻もちをついた衝撃も冷めやらぬ間に、使用人の慌てた声が聞こえる。
リリウムに手を貸してもらって立ち上がりながら、ぶつかったものを見つめた。
「飾り棚……ですか?」
「は、はい。十年ほど前まで、長老様がお使いになっていたもので。
今は虫干しもかねて、蔵のものの整頓を行っていたのです。
そこに置きっぱなしにしてしまい、失礼を……」
「いいえ、それは大丈夫ですが……」
ぶつかった衝撃でか、棚が半開きになっている。
その奥で何か光った気がして、何気なく覗き込んだ。
「あら、これは……ロケットですか?」
「これは……気が付きませんでした。
いつの間にか入り込んで、ずっと入れっぱなしになっていたのでしょうね。
そのままにされていたのですし、きっと大したものではないでしょう」
確かに、それほど高価な感じではなかった。
伯爵家の持ち物にはそぐわないほどだ。
けれど何か気になって、手にとってまじまじ見つめてしまう。
使用人はそれに少し困ったようにしたが、やがて
「お気に召したのでしょうか?
ですが、長老様の物であるかもしれない以上、一存で差し上げるわけにも……
もしもご所望でしたら、長老様にお伺いを立てて参りますが……」
「ああ、良いのです。そのような……
ただ少し、気になってしまって。
そうですね。私から長老様に申し上げますので、少々預かっても構いませんか?」
「そ、そうですか。承知致しました。
ですがくれぐれも、長老様を刺激することは……
最近は、気が立っておられるようですので」
「気をつけます。
いつもながらご迷惑をおかけし、申し訳なく思っておりますわ」
使用人と別れてから、改めてロケットを見つめた。
掌に収まるほどの大きさで、素材は銅だろうか。
好奇心に抗えず、蓋を開いて中を覗いてみる。
――そこに収められていたのは、古く、擦り切れた女性の絵姿だった。
「…………?」
リリウムが不思議そうな顔をする。
ヘリアンサスも気にかかるものがあった。
何か、見覚えがあるような気がしたのだ。
胸に渦巻く違和感のまま、暫くの間それをじっと見下ろしていた。
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