第44話 黒髪男の最初の手札
……カエルムの城の奥、与えられた部屋に戻ったクロードアルトは、晩餐に向けて着替えながら考えを巡らせていた。
最近何かと街を見回り、事前情報と組み合わせて、幾つか分かったことがある。
それらを整理し、頭の中で今後の道筋を組み立てていく。
いつしか彼は窓越しの空を見つめていた。
「…………」
今この時にも、幼馴染たちは貴族たちの権謀術数の中で戦っている。
一刻も早くドミニク伯爵の承諾を得ること、もしくは造反の確証を掴むこと。
それが彼にとって、何をおいても最優先すべきことだった。
その経過と成り行き次第で、彼らの命が左右されるのだ。
瞼を伏せたまま、考えを纏めていく。
考え続けてどれほど経ったのか、部屋の外から気配が近づいてくる。
入室の許可を求められたので振り返らず諾を返し、扉の方へ向き直る。
やがて遠慮がちな使用人が入ってきた。
「失礼致します……準備がお済みでしたら、ご案内致します」
「はい、お願いしますね」
そう返した彼は、いつも通りの笑顔を浮かべていた。
その日も晩餐の席は贅を尽くしたものだった。
周囲が品良く笑いさざめく声を聞き、優雅だが気の抜けない時間が過ぎていく。
しかし、今夜の人数は大分少ない。
以前の探り合いから、この場に呼ばれる客たちは徐々に減っていっていった。
今ここから姿を消しているのは、主に貴族派に近しい者――特にクロードアルトに懐疑の目を向けてきた者たちである。
そこまで見て取って、この辺りが頃合いだろうと判断した。
「…………長老殿が長年に渡り心血を注いだだけあって、このカエルムは実に豊かで繁栄したところですね。
ですが私はここまでの滞在で、この街にはさらなる発展の余地があると確信致しました」
一通りの探り合いを終えた彼は、早速そう切り出した。
伯爵はそれに驚いた様子もなく、
「嬉しいことを仰って下さいますね」と笑みを浮かべる。
「それでは、お聞かせ下さいますか。アドラー殿の展望を、是非に」
「…………失礼ながら、このカエルムを始め伯爵領は資源が豊富とは言い難い。
だからこそこの一帯は、長きに渡り物流拠点として栄えてきたし、長老殿もその強みを伸ばすため尽力なされたはず」
微笑んだまま、徐ろにそう切り出す。
それに周囲はさっと波立つが、伯爵が咳払いをして静めた。
それに先への促しを感じ、更に言葉を連ねる。
「カエルムは貿易が主体の街。
物品の流れによって各所を繋ぎ栄えている。
ですからそもそも、戦などというものはこの街に益を齎しません。
寧ろその繁栄と安定を脅かすものであるはず。
陛下にお味方下されば、早急な戦の終結に向けて動くことができ、結果的にカエルムも平和になることでしょう」
「……それが、我が家が受ける利益であると?」
「いえいえ、まさか。そこまで伯爵の御力を軽んじてはおりませんとも」
この程度で動かせる相手でないことは分かっている。
そんな理由で味方するようならとっくにこちら側に来ているだろう。
これは単なる前提の確認だ。
適当に世辞を交えつつ本題に入る。
「この場所に、特色に、景勝に。
カエルムだからこそ、芽吹く可能性があるでしょう。
この地を今より更に多くの人が行き交う、豊かな都市にしてみせましょう。
商人ばかりでなく、国中から人が集まる観光拠点となれば、どれほどの発展が遂げられるでしょうね」
クロードアルトの目論見はこうだ。
カエルムは貿易都市である。
様々な地方から届く珍しい品物や食材、多種多様な料理が存在する。
風光明媚な美しい海もあり、何より治安が良い。
これらの特色は貿易に留まらず、観光地としても多大な可能性を秘めている。
豊かだから人が集まり、その流れが金を生み、それが更にカエルムを潤してきた。
こうした仕組みは元々存在するものであるが、それを一層整え、より人の集まるようにすることはけして悪い話ではないはずだ。
戦争は国内をあらゆる意味で荒らす。
このままではカエルムの経済は低迷こそすれ上昇はしない。
外部から人を呼び込む街道整備、宿泊施設の整備と、それらにまつわる支援。
これらを通して国王の影響を与え、また観光都市として新たな付加価値を与える。
それが、クロードアルトがまず考えたことだった。
伯爵の興味を引き続けるべく、慎重にその展望を話し続ける。
もしもこれで、興味がないという顔をするようなら、裏切っている可能性が高くなる。
街の発展や経済成長の可能性を潰してでも得たい何かの見返りを、どこかから受けていると判断せざるを得ないからだ。
乗ってくるなら良し。来ないならそれなりの対処をするまで。
気付いた上で良い顔を見せるのなら、それを踏み台に探りを入れれば良い。
笑顔の裏から伯爵の表情を、僅かな変化も見落とすまいと眺める。
そして勿論これで頭打ちではない。
まだ何枚か、伏せている手札がある。
どれをどう切るかは、相手の出方を見つつ決めていくつもりだった。
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