第42話 長老と話してみれば

「貴様、どういうつもりだ」


ほらやっぱり緩和などしていない。

帰ってからの掃除中にばったり遭遇した長老は、不機嫌そうにこちらを睨んできた。


「どういうつもりというか……窓拭きをするつもりですが。

あ、ひょっとして神殿に呼ばれたことがお気に障り……」

「そういう話ではない!!

貴様らと来たらいつまで経っても、何につけてもハリネズミか何かのように身構えておるだろう。

何が気に掛かっているか知らんが、査定でもされているようで気分が悪い。

言いたいことがあればはっきり言ったらどうだ」

「…………」


うーーん、やっぱりこの長老が敵国に通じるとは思えない。

それも全てが演技だったのなら大したものだが。

だが、何でもかんでも疑っていてはそれこそ何も進まない。

考えながら口を開く。


「……ご不快にさせてしまい、申し訳ありません。

実は、どうすればこれ以上、長老様のご気分を害さずに済むのかと考えておりました。

この上更に神殿への嫌悪感を持たれてしまっては、私は使命を果たすことができません。

ですから、何につけてもついお顔色を伺ってしまい神経質になっていたと思います」


思いがけないことだったのだろう。

長老は目を見張り、すぐに罰が悪そうに逸らした。


「そ、それは……そんな気の回しすぎでオドオドされる方が余程気分が悪いわ馬鹿者!!

そうして殊勝にしているが、お前の方こそワシに何か言いたいことがあるのではないか」

「そうですね、こちらに来てからずっと……」

「な、何じゃ。言ってみい」

「カエルムは、本当に素晴らしい街ですね」


本心だった。

呆気に取られた様子の長老を前に、先を続ける。


「豊かで、安全で。

私を警戒していても、誰も実力行使に出てきたりはしはない。

それはつまり、領主への尊重と信頼の顕れです。

どこを見ても清潔に整えられていて美しい。

特に公共の場を美しく保つことは、何よりも大切で難しいことと心得ます。

この都市はそこが本当にしっかりしていて、先程出掛けた時にも実感しました。

この街を見るだけで、領主の徳の高さが知れるというものです」


そう、結局はそれなのだ。

私が彼を警戒しきれないのは。

よりにもよって、一番貴族の内面が出るだろう部分で、こんなものを見せられては。

訪れて幾らも経たない客分の身でも、この老人が長年どれほど愛情と誇りを注いで領地を運営してきたかが良く分かる。

こんな人間が国を裏切るとすれば、何かの事情で脅迫でもされてのことではないかと、そう思えてしまうのだ。


「だからこそお聞きしたいのです。

神殿との経緯は聞き及んでおりますが、長老様御自身の口から。

何を思い、何が許せず、どうすれば得心頂けるのか。

どうか話しては下さいませんか」


可能な限り誠意を持って頼み込む。

それに顔を赤くし、うろうろと目を泳がせていた長老は、やがてきっと目を吊り上げた。


「…………やかましい!

貴様は確かに悪くない人間のようだがな!!

ワシは、二度と神殿の口車には乗らんのだ!!」


その『二度と』という言い方が、妙に引っ掛かったが、追求できそうな空気でもなかった。

肩を怒らせて立ち去る後ろ姿を、何も言えず見送った。

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