第6話 戦況は、どう考えても絶望的

「グラディウス様、どうぞこちらにおかけになって下さいませ」


「ああ、ありがとう。では遠慮なく」

リリウムが用意した席にラウラが座り込む。

相対していたヘリアンサスは、半ば無意識に背筋を伸ばした。

この人は言葉は無造作なものの、節々に貴族的な、気韻の匂い立つような仕草を見せる。

それを見る度に、やはり育ちの違いを感じるのだ。


それを見届けてリリウムは音を立てずに天幕から退出した。

持て成しのため、周囲に報せに行くのだろう。

よく気のつく子である。


朝の伸びやかな空気の中、戦場には不釣り合いなほどのんびりと話をする。

ここだけ見れば優雅なお茶会か何かのように見えるかもしれない。

話題はもっぱら戦況についてであるが。


「それで、グナーデから新たな報せなどはございましたか」


「ない。王都も相変わらずみたいだな……だが、もうあまり時間がない。

そろそろ仕掛けねばな。

これ以上はラインの連中も保たんだろう。

何とか、父上と連携が取れれば楽なのだろうがなあ……」


「敵軍によって、我らとラインの方々は分断されておりますから……中々難しいですね」


そう言うラウラは難しい顔であった。

それを見つめながら、ヘリアンサスは戦況を反芻する。


ここから北に少々、渦中の戦地であるライン要塞は北から西にかけて湖沼が広がり、防衛に有利な立地をしている。

だからこそ、周辺の砦を全て落とされて尚、護りに徹して粘ることができている。


今ラインに詰めている兵力は、主に元からいた守備隊とグラディウス家が引き連れてきた兵たち、そして防衛の砦から逃げ延びた敗残兵だ。

その指揮を取っているのはラウラの父グラディウス元帥であると聞く。


(閣下が来て下さったことが、せめてもの救いと言えるわね……

そうでなければラインは早々と落とされ、戦況は悪化していたでしょう)


現在のラインは敵軍、そしてラウラの率いる援軍によって半ば二重に包囲されているような状態だった。

ラウラたちも使える戦力を駆使して敵の動きを妨害し、補給を脅かしているが、決定打は与えられていない。

特に国境の向こうから襲い来る増援を警戒せねばならず、そのため包囲殲滅に全戦力を投入することが難しかった。


「何とか、一穴を穿てれば……。

奴らとて我らに囲まれ、一刻も早くラインを落とさねばならん以上、少なからず重圧を感じているはずだ。

ここで我らに補給路を寸断されれば、ラインを包囲している敵軍は一瞬で干上がる。

未だ奮戦しているライン内部の戦力と呼応できれば、一網打尽にできる、状態では、あるんだが」


「そうするには、圧倒的に戦力が足りないと」


「うん。貴族たちがあれこれ理由をつけて渋っていてな……

充分な戦力さえ揃えば好転するのだろうが。

補給路を断つためにここから無理に兵を引き抜けば、奴らはこれ幸いとラインに猛攻をかけるだろう。

ラインが落とされ、要塞を拠点に防戦されたらちと苦しい。


……一度だけ、父上と連絡が取れたんだがな。

必要とあらばラインを捨てて補給路を断ち、然る後に弱った敵を殲滅しろと。

敵を滅ぼすこと、国境を守ることに専心しろと。

いざとなれば自分たちのことは構わず見捨てろとの仰せだった」


「…………元帥閣下のご献身とお覚悟、一国民として頭の下がる思いです」


どう答えて良いか分からず、それだけを返す。


ラウラは更に言葉を続けた。

どんな時も不思議な明るさと清々しさのある人だが、初めて会った時よりも心做しか顔色が悪く、窶れているように思う。


ぴりぴりと腕が痺れるような、ひやりと強張るような緊張が走る。

ここに来てからもう何度も感じたものだ。

この天幕からさほど離れていない場所で、今にも火花が破裂しようとしている。

ここにいたのでは、いつ戦の流れ弾で絶命するかも分からない。


この国の戦争の歴史は、聖女の殉教と不可分のものだ。

痛いほどの緊迫感を、肌で感じ取れるようになっていた。

ましてヘリアンサスは、立場故に舞い込む諸々の情報と分析からあることを確信していた。


(このままでは…………)

ヘリアンサスは俯き、考え込む。

その様子に、聖女が沈んでいると思ったのか、気遣いの言葉がかけられる。


「すまないな、最近は暗い話ばかり聞かせて。

……心配するな、グナーデには幼馴染がいる。

あいつらは賢いのだし、その内活路を見つけてくれる。

それまで踏み止まることが我らの役目だ」


そう告げるラウラの表情は明るくて、憂いなく、本当にその誰かを信じているようだった。

その顔に、腹を決めた。


「……ラウラ様。ものは一つ、ご相談したいことがあるのですが」

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